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霧と繭

第1章 ―

 浩美の異常な行為は、なんと私にまで及んできた。俊二から話を聞いた翌日の夜、携帯電話にメールが届いた。知らないメールアドレスからで、何気なくメールを開いた私は途端に血の気がひいた。ぐちゃぐちゃになった猫の死体の画像が、メールに添付されていたからだ。たまに道路で見かける、車にひかれてしまったあわれな猫の写真。私は短く叫んで、携帯電話を放り出した。誰がこんなことをしてきたんだと思って、すぐさま頭の中に浩美の顔が浮かんだ。そうだ、これは知らないやつが行ったイタズラじゃなくて、浩美の嫌がらせに違いない。私はすぐにそう結論づけた。私は携帯電話を拾うと、画面を見ないようにしてその送り主のメールアドレスを受信拒否にしようとした。そこで更に血の気がひいた。

『Shun.Hiromi.LOVE』

 アドレスの一部にそのようなワードが含まれていたからだ。あの女は決して俊二を諦めていないことがわかった。私は全身の毛が逆立つような恐ろしさを感じ、そのアドレスを受信拒否リストに入れた。それからメールを削除しようとしたが、そのことを俊二に報告したかったので嫌々ながらメールは残しておくことにした。

 次の日は土曜日で、俊二とのデートの約束があった。デートの気分を壊したくなかったけれども、途中で寄ったレストランで昨夜のメールを説明なしにいきなり見せてみた。最初は事情を知らないので笑いながら画面を見た俊二だが、猫の死体の画像を確認すると表情を凍りつかせた。私がアドレスを見るように言うと、さらに身をひいた。しばらくは黙っていた俊二だが、やがて彼はこのアドレスは浩美のものとは違うとだけ言った。私もこのアドレスが浩美のものではないと知っていた。彼女は以前に、長ったらしい文章で私に喧嘩を売ってきたことがある。私はアドレスを教えたはずもないのにメールがきたことに不機嫌になり、すぐに受信拒否リストに入れていた。つまり浩美は、わざわざアドレスを変えてまでしてメールをしてきたのだ。それも『Shun.Hiromi.LOVE』などという文句まで加えて。まったく、なんとも性根が悪いやつだと、内心では毒を吐きながらも、私は俊二の前でわざとらしく怯えてみせた。彼は心配することはないと言って、私の手をそっと握ってくれた。あの手の温もりは今でも忘れることができない。

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