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紫陽花(オルテンシア)~檻の中の花嫁~

第6章 光と陽だまりの章③

 美月はむろん、当の晃司すら気付いていないだろう。最初は確かに彼が美月に惹かれたのは、その豊満で魅惑的な身体ゆえであったけれど、本当に心から愛してしまったのは美月のその優しさ、素直さ、そして、いつどんなときもけして権力や逆境に屈服しようとせぬ、しなやかな強さゆえであることを。
 美月の強さは、まさに逆風の中でも凜として花開く一輪の花のようであった。彼女の瞳の奥に宿る力強い輝きに、男は魅せられたのだ。今、この瞬間も、美月はけして晃司に隷属しようとはしない。
 打たれた頬の痛みに、一瞬、眼の前が白くなる。涙がじんわりと浮かんだが、美月は歯を食いしばって耐えた。
「嘘は許さないと言っただろうッ」
 晃司が烈しい剣幕で怒鳴った。
「嘘なんかじゃありません」
 美月が恐怖を堪えて言い返すと、晃司がギリッと歯を噛みしめた。
「まだ言うのか? 初めて抱いた時、お前はまだ生娘だった。あんな無垢な身体をした女が町中で偶然再会した男にすぐに膚を許し、お前が言うような淫蕩な関係になれるはずがない。それこそ、向こうが強要でもしない限りはな。お前がそんな女ではないことは、お前を抱いた俺がいちばんよく知っている。生憎だったな」
 温泉宿で美月を抱いた時、美月は男を受け容れるのは初めてであった。確かに美月の身体はふくよかで、晃司の眼から見ても限りなく淫乱であったが、また同時にそういった男の愛撫に物慣れない稚さが十分にあった。
 成熟しきった身体と相反するその清らかさが晃司の情欲を余計に煽り、彼を烈しい営みへと誘ったのだ。その清らかさは、何度美月を抱き膚を合わせても、けして美月から失われることはない。幾ら汚しても、損なわれない純粋無垢な彼女の本質こそが晃司の美月への執着を並外れたものにしていったのだ。
 そして、皮肉なことに、晃司は美月のその純粋さをよく理解していた。
 晃司の眼が光った。
「それとも、これからもう一度お前を抱いて、俺が言ったことを証明してみせてやろうか」
 言い終わらない中に、降るような口づけが首筋に落ちてくる。生温かい男の息遣いを素膚に感じ、全身が総毛立った。
 刹那、突然に勇一の屈託ない笑顔が瞼に甦った。
―生んでやれよ、俺が側についていてやるから。ずっと見守ってるからさ、なっ?

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