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紫陽花(オルテンシア)~檻の中の花嫁~

第6章 光と陽だまりの章③

「かしこまりました。こちらは本日中に必ず手配して参ります」
 秘書はもう余計なことは一切口にせず、晃司に向かって最敬礼をすると社長室を直ちに出ていった。
 コツコツと廊下を秘書の靴音が遠ざかってゆく。
 彼の瞼に、生涯で初めて心から愛した女の面影が浮かび、消えてゆく。生命を賭けてまで彼を拒んだその生きざまは、苛烈ともいえた。
 強引な手段を使って女を我が物にしようとしたことが、結局は彼に大切なもの何もかもを失わせることになった。彼は愛する女の心と、我が子を失った。
「お前は最後まで俺を見ようとはしなかったんだな」
 呟きはかすかな吐息と共に宙を漂い、空しく消えてゆく。
 晃司は入り口に背を向けたままの姿勢で、微動だにせず窓ガラスの向こうにひろがる街を見下ろしていた。


☆エピローグ(終章)~PortraItポートレート~☆

 K町のとある小さな写真館で、その日、ひと組の家族が記念写真を撮った。
「はい、それでは良いですか~、撮りますよ。お嬢ちゃん方、動かないで、じっとしていて下さいね、ハイ、一、二、三」
 初老のカメラマンのかけ声と共にフラッシュがたかれ、閃光が走る。
 韓国の女性の正装チマ・チョゴリをまとった妻は三十歳くらいだろうか。その傍らに寄り添って立つ端整な面立ちの夫は、二十五、六歳ほど。やはり、韓国の民族衣装できめている。妻は日本人で、夫が韓国人だというが、チョゴリの色鮮やかさが色白の妻の美しさを更に引き立てている。結い上げた艶やかな黒髪に翡翠の髪飾りが煌めいている。
 今が六月という季節もあって、妻の両手には紫陽花のブーケがおさまっている。清楚な花嫁にふさわしい純白の珍しい紫陽花だ。
 夫妻の前にちょこんと立つ二人の娘は〝明芳、〝月芳〟とそれぞれ呼ばれているようだ。これは韓国語の〝明月〟に因んで名付けられものだといい、妻の名前の〝美しい月〟という意味に通じるものだと、年若い夫の方が話してくれた。

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