紫陽花(オルテンシア)~檻の中の花嫁~
第1章 炎と情熱の章①
机の片隅のガラスの一輪挿しの紫陽花とあの老婦人の丹精していた紫陽花が自ずと重なる。あの気高く慎ましやかな老婦人のように生きたいと願っていたのに、今の自分は最早、そんな願いを抱くことすら許されないほど薄汚れてしまったような気がする。
今朝、家を出るときには両親が生きていた頃がはるか昔のことのように思えたけれど、今となっては、わずか半日前の出来事さえ、もう手の届かない過去のことのように思える。
女子社員憧れの若社長直々に呼ばれて社長室に美月が行ったことは、もう知れ渡っているらしい。同じ部署である営業二課の皆が―殊に女子社員が意味ありげな視線をよこしてくるのも煩わしい。
そんな中、向こうで実由里が心配そうな顔で〝大丈夫?〟と言いたそうだった。けれど、曲がったことの嫌いな彼女が例の契約の話を耳にすれば、一体、どう思うだろうかと想像すると、たった一人の女友達さえ失ってしまう予感に怯えねばならなかった。
美月は無意識の中に右頬から顎にかけてゴシゴシとこすっていた。それは、あの男―まもなく彼女の夫となる押口が触れた箇所に他ならなかった。束の間触れられたあの指先の冷たさを思い起こし、美月は思わず身を震わせた。
今朝、家を出るときには両親が生きていた頃がはるか昔のことのように思えたけれど、今となっては、わずか半日前の出来事さえ、もう手の届かない過去のことのように思える。
女子社員憧れの若社長直々に呼ばれて社長室に美月が行ったことは、もう知れ渡っているらしい。同じ部署である営業二課の皆が―殊に女子社員が意味ありげな視線をよこしてくるのも煩わしい。
そんな中、向こうで実由里が心配そうな顔で〝大丈夫?〟と言いたそうだった。けれど、曲がったことの嫌いな彼女が例の契約の話を耳にすれば、一体、どう思うだろうかと想像すると、たった一人の女友達さえ失ってしまう予感に怯えねばならなかった。
美月は無意識の中に右頬から顎にかけてゴシゴシとこすっていた。それは、あの男―まもなく彼女の夫となる押口が触れた箇所に他ならなかった。束の間触れられたあの指先の冷たさを思い起こし、美月は思わず身を震わせた。