紫陽花(オルテンシア)~檻の中の花嫁~
第1章 炎と情熱の章①
「言いたいことは、それだけか?」
駄目押しのごとく問われ、美月は小さくかぶりを振る。
「最後に一つだけ確認させて頂きたいことがあります」
「―何だ?」
社長は警戒するように美月を軽く睨んだ。
「社長はこの結婚を契約、即ち形式上のものだとおっしゃいました。ならば、私はあくまでも上辺だけの配偶者、見せかけの妻であると思ってよろしいのですね」
短い沈黙の末、押口の口から〝フ〟と笑い声が洩れた。
「これは愕いたな、君の方から、そんな話が出るとは思わなかったが」
美月はどこまでも冷静さを装った。
「世の中の女という女がすべて社長の魅力の虜となるとは限りませんわ。社長のお目がねに適った私ですもの、お望みどおり後腐れのないように契約を履行する自信はございます」
「それは頼もしい限りだな」
押口が乾いた声音で呟くのを潮に、美月は軽く頭を下げ、社長室を後にした。
―何という傲岸不遜な男!!
世のすべての女は皆、自分の足下に跪き、〝どうか愛して欲しい〟と懇願するとでも思っているのだろうか?
考えれば考えるほど利己主義で情の欠片もない嫌な男だった。
だが。そう言う美月もまた、そんな卑劣な男の出した餌に結局は食らいついた―同じ穴のムジナにすぎないのではないか。
社長室の扉を静かに閉めたその瞬間から、美月は自分が二度とは引き返せない道に脚を踏み入れたことを悟った。
その一方で、美月は懸命に己れに言い聞かせる。
―それで良い、それで良いのよ、美月。
自分はあの男に利用されるのではない、利用してやるだけ。まんまと相手の手に落ちたふりをして、その裏であの思い上がった男を利用できるだけ利用してやれば良い。
美月の眼に、今朝方、眼にしたばかりの海色の紫陽花が浮かぶ。
自分のデスクに戻ると、既に休み時間は終わり、他の社員たちは自分の机について各々の仕事に取りかかっていた。
駄目押しのごとく問われ、美月は小さくかぶりを振る。
「最後に一つだけ確認させて頂きたいことがあります」
「―何だ?」
社長は警戒するように美月を軽く睨んだ。
「社長はこの結婚を契約、即ち形式上のものだとおっしゃいました。ならば、私はあくまでも上辺だけの配偶者、見せかけの妻であると思ってよろしいのですね」
短い沈黙の末、押口の口から〝フ〟と笑い声が洩れた。
「これは愕いたな、君の方から、そんな話が出るとは思わなかったが」
美月はどこまでも冷静さを装った。
「世の中の女という女がすべて社長の魅力の虜となるとは限りませんわ。社長のお目がねに適った私ですもの、お望みどおり後腐れのないように契約を履行する自信はございます」
「それは頼もしい限りだな」
押口が乾いた声音で呟くのを潮に、美月は軽く頭を下げ、社長室を後にした。
―何という傲岸不遜な男!!
世のすべての女は皆、自分の足下に跪き、〝どうか愛して欲しい〟と懇願するとでも思っているのだろうか?
考えれば考えるほど利己主義で情の欠片もない嫌な男だった。
だが。そう言う美月もまた、そんな卑劣な男の出した餌に結局は食らいついた―同じ穴のムジナにすぎないのではないか。
社長室の扉を静かに閉めたその瞬間から、美月は自分が二度とは引き返せない道に脚を踏み入れたことを悟った。
その一方で、美月は懸命に己れに言い聞かせる。
―それで良い、それで良いのよ、美月。
自分はあの男に利用されるのではない、利用してやるだけ。まんまと相手の手に落ちたふりをして、その裏であの思い上がった男を利用できるだけ利用してやれば良い。
美月の眼に、今朝方、眼にしたばかりの海色の紫陽花が浮かぶ。
自分のデスクに戻ると、既に休み時間は終わり、他の社員たちは自分の机について各々の仕事に取りかかっていた。