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紫陽花(オルテンシア)~檻の中の花嫁~

第2章 炎と情熱の章②

 肩を露わにした純白のウェディング・ドレスはレースもふんだんにあしらわれていて、何よりふんわりとした透けるような生地が幾重にも重ねられている様は、まるで繊細な白い花びらを持つ大輪の薔薇のよう。
 メガネもかけず、美しく化粧した花嫁姿の美月は長い黒髪を高々と頭上に結い上げ、裾を引く長いウェールを被り、白い胡蝶蘭を飾っていた。頭につけたのと同じ花をあしらったブーケを持った姿は可憐で、皆、ひとめ見て溜め息を洩らすほどであった。
 白亜のチャペルでの挙式の際、既に両親共に亡くした新婦をエスコートし、バージンロードで待ち受ける花婿に託す役目は、花婿の叔父であり〝K&G〟ホールディングスの副会長押口信二郎が務めた。
 牧師の前で永遠の愛を誓った後、新郎は傍らの花嫁の被ったウェールをそっと持ち上げ、軽く唇を合わせる。その刹那、見守っていた参列者たちから低いどよめきがさざ波のように湧いた。
 美月はといえば、あんな男とたとえ一瞬でも唇を触れ合わせるのはご免蒙りたかったけれど、まさか、そんなことはできるはずもない。だが、晃司の方も心得たもので、口づけはごく儀礼的なもので、ほんの一刻、掠める程度のものであった。
 この分では、結婚後も契約どおりの生活が続いてゆくのだろう―と、美月は安心していた。胡蝶蘭をあしらったブーケを持つ美月にぴったりと寄り添うように晃司が佇んでいる。白いタキシード姿の花婿の胸ポケットにはブーケとお揃いの胡蝶蘭のブートニア。
 しかし、美月は終始にこやかな笑みを絶やさず自分を微笑んで見つめる傍らの男を、冷めた眼で見つめていた。
 むろん、美月だって愚かではない。晃司の演技に合わせて、いかにも幸せそのものといった風に微笑し、時折は隣の晃司を見上げて頬を染めるのも忘れなかった。そんな花嫁の初々しい様子がまた、居並ぶ人々に〝お可愛らしい花嫁さんですこと〟と、好感をもって迎えられたことは言うまでもない。
 式を終えて教会から出てきた二人に、待ち受けていた参列者からライス・シャワーが次々に降り注ぐ。
 美月は、その中に友人の実由里の姿を探した。淡いサーモン・ピンクのワンピースを着た実由里の顔は微笑んではいるものの、相変わらず、どこか哀しげで何か言いたそうに見える。

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