紫陽花(オルテンシア)~檻の中の花嫁~
第2章 炎と情熱の章②
もしかしたら、実由里は何もかも知っているのかもしれない。―むろん、〝契約〟については当事者である美月と晃司以外に知る者はいない。が、勘の鋭い彼女のことだから、美月のこの突然すぎる結婚があまりに不自然だと訝しく思っているはずだ。その裏に何かしらのいわくが潜んでいることも薄々は察しているのかもしれない。
何しろ、この度の冴えないお局こと美月が憧れの若社長を射止めたことは、社内中の噂になっていた。むろん、〝何で女なら、よりどりみどりの社長があんなメガネでクライお局さまを選んだのか?〟と皆が首を傾げたものだったが。
とにかく見事、玉の輿に乗った美月は今や社内の女子社員の羨望の的だった。しかも、婚約発表から挙式までがわずか半月という異例のスピードで行われたため、美月にはもうとっくに社長の手が付いていて、妊娠が判明したがゆえに慌てて籍を入れたのだとか真しやかに囁かれたりもしたのだ。
もちろん、例の井沢早百合も美月と社長の電撃結婚に妬みとも羨望ともつかぬ想いを抱いている一人である。
皮肉にも、花嫁美月の投げたブーケを受け取ったのは、この早百合だった。
こうして美月は短大卒業以来、五年間勤めた〝K&G〟ホールディングスを結婚退職した。美月は郊外の十階建てマンションに引っ越すに当たって、両親の想い出のつまったあの家を処分することにした。
できることならば、そのままにしておきたかったけれど、五年後、晃司と別れて再び一人暮らしを始めるまで、あの家を放っておくのも忍びなかった。不動産屋の話では、貸家にして希望者があれば貸し出すということだから、その方が良いと思ったのである。
あの家に―美月が幸福な少女時代を過ごした家に再び、どこかの仲睦まじい家族が暮らし、子どもたちの賑やかな声が響き渡るのだとしたら、亡き父や母もその方が歓ぶだろう。
美月はこの高級マンションで新しい日々を営むことになった。結婚後も美月の生活ぶりは以前と殆ど変わることはない。
大きく変わったのが、勤めに出なくなったことだろう。夫となった晃司が帰ってくることは殆どなかった。たまに深夜にふらりと思い出したように帰ってきても、朝にはまた、慌ただしく出社してゆく。朝食どころか、コーヒー一杯呑むことはなかった。
何しろ、この度の冴えないお局こと美月が憧れの若社長を射止めたことは、社内中の噂になっていた。むろん、〝何で女なら、よりどりみどりの社長があんなメガネでクライお局さまを選んだのか?〟と皆が首を傾げたものだったが。
とにかく見事、玉の輿に乗った美月は今や社内の女子社員の羨望の的だった。しかも、婚約発表から挙式までがわずか半月という異例のスピードで行われたため、美月にはもうとっくに社長の手が付いていて、妊娠が判明したがゆえに慌てて籍を入れたのだとか真しやかに囁かれたりもしたのだ。
もちろん、例の井沢早百合も美月と社長の電撃結婚に妬みとも羨望ともつかぬ想いを抱いている一人である。
皮肉にも、花嫁美月の投げたブーケを受け取ったのは、この早百合だった。
こうして美月は短大卒業以来、五年間勤めた〝K&G〟ホールディングスを結婚退職した。美月は郊外の十階建てマンションに引っ越すに当たって、両親の想い出のつまったあの家を処分することにした。
できることならば、そのままにしておきたかったけれど、五年後、晃司と別れて再び一人暮らしを始めるまで、あの家を放っておくのも忍びなかった。不動産屋の話では、貸家にして希望者があれば貸し出すということだから、その方が良いと思ったのである。
あの家に―美月が幸福な少女時代を過ごした家に再び、どこかの仲睦まじい家族が暮らし、子どもたちの賑やかな声が響き渡るのだとしたら、亡き父や母もその方が歓ぶだろう。
美月はこの高級マンションで新しい日々を営むことになった。結婚後も美月の生活ぶりは以前と殆ど変わることはない。
大きく変わったのが、勤めに出なくなったことだろう。夫となった晃司が帰ってくることは殆どなかった。たまに深夜にふらりと思い出したように帰ってきても、朝にはまた、慌ただしく出社してゆく。朝食どころか、コーヒー一杯呑むことはなかった。