紫陽花(オルテンシア)~檻の中の花嫁~
第3章 炎と情熱の章③
小麦色に陽灼けした膚に水滴が張りついていて、見ようによっては精悍ともワイルドともいえるのかもしれないが、美月にとっては人前でこんな半裸に近い姿で平然としている男の神経を疑いたくなってしまう。
が、現に、少し離れた場所で泳いでいた若い女の子の二人組が晃司の方を見ては、ひそひそと何やら話している。その上気した頬や興奮した様子から、明らかに晃司を意識しているのがありありと判った。
晃司の方はそんな女性たちの視線など物ともせず―というよりは、端から彼女たちの姿など眼に入ってはいないようにふるまっている。恐らく、彼にしてみれば、こんな熱いまなざしを向けられることには慣れ切っているに違いない。だからこそ、こうまで自信に漲っているのだろう。
しかし、その自信は裏を返せば、鼻につく自意識過剰、傲慢さであった。美月が押口晃司という男を知れば知るほど嫌になってしまうのも、この己れへの過信が最大の原因である。
美月が視線を逸らしたのを、晃司は何か勘違いしたらしい。水着を着なかったことに対して不機嫌になると思いきや、さして気を悪くした風もなく、あっさりと引っ込めた。
「早苗の奴、もうちょっと大人しいデザインにしろって、俺があれほど言ったのに」
低く笑いながら言い訳のように言う男に、美月はますます厭気が差してくる。妻―自分からデートに誘った女―の前で、平気で他所の女の名前を口にするあまりのデリカシーのなさには辟易する。
が、流石の美月も晃司が彼女の気を引く、つまり嫉妬心を煽ろうと故意に女の名を出したのだとまでは考えてもみなかった。関口早苗―、そう、彼女こそが晃司の愛人兼パトロンといわれている大手女性下着メーカー〝Nina〟の社長であった。
「俺さぁ、これでも一応、プロのサーファーの資格持ってるんだぜ?」
訊ねもしないのに滔々と喋る男を、美月はどこまでも冷ややかに見ていた。
八月も下旬に入った海辺には、人影はまばらだった。
「私のことなら気にしないで下さい。一人で適当にやってますから」
美月は気のない口調で言うと、晃司を後に残して一人でゆっくりと海岸を歩き始めた。
背後で小さく舌打ちするのが聞こえた。
が、現に、少し離れた場所で泳いでいた若い女の子の二人組が晃司の方を見ては、ひそひそと何やら話している。その上気した頬や興奮した様子から、明らかに晃司を意識しているのがありありと判った。
晃司の方はそんな女性たちの視線など物ともせず―というよりは、端から彼女たちの姿など眼に入ってはいないようにふるまっている。恐らく、彼にしてみれば、こんな熱いまなざしを向けられることには慣れ切っているに違いない。だからこそ、こうまで自信に漲っているのだろう。
しかし、その自信は裏を返せば、鼻につく自意識過剰、傲慢さであった。美月が押口晃司という男を知れば知るほど嫌になってしまうのも、この己れへの過信が最大の原因である。
美月が視線を逸らしたのを、晃司は何か勘違いしたらしい。水着を着なかったことに対して不機嫌になると思いきや、さして気を悪くした風もなく、あっさりと引っ込めた。
「早苗の奴、もうちょっと大人しいデザインにしろって、俺があれほど言ったのに」
低く笑いながら言い訳のように言う男に、美月はますます厭気が差してくる。妻―自分からデートに誘った女―の前で、平気で他所の女の名前を口にするあまりのデリカシーのなさには辟易する。
が、流石の美月も晃司が彼女の気を引く、つまり嫉妬心を煽ろうと故意に女の名を出したのだとまでは考えてもみなかった。関口早苗―、そう、彼女こそが晃司の愛人兼パトロンといわれている大手女性下着メーカー〝Nina〟の社長であった。
「俺さぁ、これでも一応、プロのサーファーの資格持ってるんだぜ?」
訊ねもしないのに滔々と喋る男を、美月はどこまでも冷ややかに見ていた。
八月も下旬に入った海辺には、人影はまばらだった。
「私のことなら気にしないで下さい。一人で適当にやってますから」
美月は気のない口調で言うと、晃司を後に残して一人でゆっくりと海岸を歩き始めた。
背後で小さく舌打ちするのが聞こえた。