紫陽花(オルテンシア)~檻の中の花嫁~
第3章 炎と情熱の章③
万事休す。これでもう、この男の言うように契約について証明するものは何もかも失われてしまった。
美月は最早、涙すら出なかった。自分は一体、これからどうすれば良いのだろう。美月は、わずかな希望に縋った。
「お願いです、離婚して下さい。お借りしたお金は必ず働いて少しずつでも返しますから」
「借金、か。あれは俺が美月に与えた金だ、貸した憶えはないぞ」
事もなげに断じる男に、美月は懸命に言い募る。
「ですから! お借りしたことにして頂きたいのです。あの契約書が失われたということは、即ち、私たちが交わした契約そのものも消滅したということ。だから、私もあなたも、もうあの約束に縛られる必要は何らないはずでしょう? あんな契約は最初から存在しなかった、つまり、私はあなたから三千万のお金を借りただけで、それ以外に何も負担はかけていない。ならば、私はその三千万をきちんと耳を揃えてお返しさえすれば、今後一切あなたに束縛される必要はないということです」
刹那、男の端整な貌が朱に染まった。
「なるほど、流石は俺が惚れた女だけはある。そう来たか、美月もなかなかやるな」
顔色が変わったのはほんの一瞬のこと。晃司は素早く態勢を立て直し、いつものニヒルなポーカー・フェイスの仮面を被る。
「ならば、美月の言うとおり、あの契約はこの際、無効にしよう。今日、改めて、俺が美月に三千万円貸したことにしてやっても良い。―だが、本当に返せると思ってるのか?」
「返します」
美月は即座に応えた。
「たとえ一生かかったって、何十年かかろうと、ちゃんとお返しします」
「その必要はない」
今度は、晃司が美月の言葉に覆い被せるように言った。
「俺は返して貰おうなぞと考えたことは一度たりともない。美月の身体で俺を愉しませてくれれば、十分だ。美月に貸した金は、美月の身体で支払って貰う」
「いやです。絶対にいや!」
美月の瞳に烈しい怯えが浮かぶ。
「馬鹿な女だ。たとえ、契約がなくなろうと、俺たちはもう婚姻届を出した、世にも認められた正式な夫婦なんだ。お前がどれほど契約云々を振りかざしてみたところで、そんなものは関係ない。お前は俺から絶対に逃げることはできないし、夫たる俺が妻であるお前を抱くのも当然の権利なんだぜ?」
美月は最早、涙すら出なかった。自分は一体、これからどうすれば良いのだろう。美月は、わずかな希望に縋った。
「お願いです、離婚して下さい。お借りしたお金は必ず働いて少しずつでも返しますから」
「借金、か。あれは俺が美月に与えた金だ、貸した憶えはないぞ」
事もなげに断じる男に、美月は懸命に言い募る。
「ですから! お借りしたことにして頂きたいのです。あの契約書が失われたということは、即ち、私たちが交わした契約そのものも消滅したということ。だから、私もあなたも、もうあの約束に縛られる必要は何らないはずでしょう? あんな契約は最初から存在しなかった、つまり、私はあなたから三千万のお金を借りただけで、それ以外に何も負担はかけていない。ならば、私はその三千万をきちんと耳を揃えてお返しさえすれば、今後一切あなたに束縛される必要はないということです」
刹那、男の端整な貌が朱に染まった。
「なるほど、流石は俺が惚れた女だけはある。そう来たか、美月もなかなかやるな」
顔色が変わったのはほんの一瞬のこと。晃司は素早く態勢を立て直し、いつものニヒルなポーカー・フェイスの仮面を被る。
「ならば、美月の言うとおり、あの契約はこの際、無効にしよう。今日、改めて、俺が美月に三千万円貸したことにしてやっても良い。―だが、本当に返せると思ってるのか?」
「返します」
美月は即座に応えた。
「たとえ一生かかったって、何十年かかろうと、ちゃんとお返しします」
「その必要はない」
今度は、晃司が美月の言葉に覆い被せるように言った。
「俺は返して貰おうなぞと考えたことは一度たりともない。美月の身体で俺を愉しませてくれれば、十分だ。美月に貸した金は、美月の身体で支払って貰う」
「いやです。絶対にいや!」
美月の瞳に烈しい怯えが浮かぶ。
「馬鹿な女だ。たとえ、契約がなくなろうと、俺たちはもう婚姻届を出した、世にも認められた正式な夫婦なんだ。お前がどれほど契約云々を振りかざしてみたところで、そんなものは関係ない。お前は俺から絶対に逃げることはできないし、夫たる俺が妻であるお前を抱くのも当然の権利なんだぜ?」