紫陽花(オルテンシア)~檻の中の花嫁~
第4章 光と陽だまりの章
「何も速見先生が謝ることはないよ。これは俺んちの事情だもの」
最後の科白は、〝自分のことは美月には関係ない〟と言われて入り込むことを拒絶されているようで哀しかったけれど、考えてみれば、勇一と美月の拘わりは五年前に通っていた英会話スクールでたまたま教師と生徒だったというだけの話なのだ。
勇一の言うことは、もっともだろう。
「俺のことなんかどうでも良いよ。それよりも、先生。先生の方こそ一体全体、どうしたのさ? もう真夜中だぜ? こんな夜更けに一人でふらふらしてるなんて、先生らしくもないだろうに」
勇一が心配顔で訊く。自分のことより他人の心配ばかりするところも変わっていない。五年前にも、彼はよく自分のノートを他の生徒に貸したり、判らないところを懇切丁寧に教えてやったりと、せっせと他人の面倒を見ていた。
美月が講師をしていたのは短大を卒業するまでのことで、卒業と同時にバイトは辞めた。四月からはOLとして〝K&G〟ホールディングスに勤務することが決まっていたからだ。
それでは、あの後、すぐに勇一は父親を不慮の事故で失うという不運に見舞われたのか。バイトを辞めた美月がその間、勇一に逢うこともなく日々は過ぎていたのだ。
ふいに黙り込んだ美月を見て、勇一が言った。
「先生、ちょっと待ってて。俺、そろそろ勤務時間が終わるんだ。ここを出たら、どこかでゆっくり話そうよ」
結局、美月はそのきっかり二十分後、勤務を終えた勇一と共にその店を出た。 店の入り口近くで待っていた美月に、〝はい〟と差し出されたのは温かい缶コーヒーだった。
「ありがとう」
美月は微笑んだ。二人並んで、どこへともなく人気のない夜の舗道を歩き出す。
「こんな時間に開いてるっていえば、〝マクド〟くらいしかないな」
勇一が時計を覗き込みながら呟く。
既に午前一時になっていた。美月はゆっくりと首を振る。
「良いの、私、やっぱり帰るから」
勇一がすかさず言った。
「じゃあ、家まで送っていくよ。こんな時間に女の子を一人で帰せない」
最後の科白は、〝自分のことは美月には関係ない〟と言われて入り込むことを拒絶されているようで哀しかったけれど、考えてみれば、勇一と美月の拘わりは五年前に通っていた英会話スクールでたまたま教師と生徒だったというだけの話なのだ。
勇一の言うことは、もっともだろう。
「俺のことなんかどうでも良いよ。それよりも、先生。先生の方こそ一体全体、どうしたのさ? もう真夜中だぜ? こんな夜更けに一人でふらふらしてるなんて、先生らしくもないだろうに」
勇一が心配顔で訊く。自分のことより他人の心配ばかりするところも変わっていない。五年前にも、彼はよく自分のノートを他の生徒に貸したり、判らないところを懇切丁寧に教えてやったりと、せっせと他人の面倒を見ていた。
美月が講師をしていたのは短大を卒業するまでのことで、卒業と同時にバイトは辞めた。四月からはOLとして〝K&G〟ホールディングスに勤務することが決まっていたからだ。
それでは、あの後、すぐに勇一は父親を不慮の事故で失うという不運に見舞われたのか。バイトを辞めた美月がその間、勇一に逢うこともなく日々は過ぎていたのだ。
ふいに黙り込んだ美月を見て、勇一が言った。
「先生、ちょっと待ってて。俺、そろそろ勤務時間が終わるんだ。ここを出たら、どこかでゆっくり話そうよ」
結局、美月はそのきっかり二十分後、勤務を終えた勇一と共にその店を出た。 店の入り口近くで待っていた美月に、〝はい〟と差し出されたのは温かい缶コーヒーだった。
「ありがとう」
美月は微笑んだ。二人並んで、どこへともなく人気のない夜の舗道を歩き出す。
「こんな時間に開いてるっていえば、〝マクド〟くらいしかないな」
勇一が時計を覗き込みながら呟く。
既に午前一時になっていた。美月はゆっくりと首を振る。
「良いの、私、やっぱり帰るから」
勇一がすかさず言った。
「じゃあ、家まで送っていくよ。こんな時間に女の子を一人で帰せない」