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紫陽花(オルテンシア)~檻の中の花嫁~

第4章 光と陽だまりの章

 あのまま病院にいれば、いずれ美月はまた晃司の許に戻らなければならなくなる。そうなれば、夜毎、日毎、晃司の前で脚を開き、男の意のままに身体を弄ばれるだけの暮らしが待っているだけだ。あんな想いするのは、もう二度とご免だ。その一心で企てた逃亡だった。
 むろん、病院を抜け出す際には、パジャマからTシャツとハーフパンツに着替えていた。パジャマのままで町をうろついていたら、流石に怪しすぎる。普段着を予め用意していたのは正解だったといえよう。
 左手首にはいまだに包帯が幾重にも巻かれている。が、幸いにも、包帯は長袖の服で隠し通せた。
 今の美月は、明らかに勇一に傷を隠そうとしている。そんな自分を、醜い狡い女だと思った。この傷は、晃司に陵辱され尽くして、絶望のあまり自ら生命を絶とうとした名残―、いわば美月にとっては忌まわしい過去の象徴だ。
 何故かは判らないけれど、勇一にだけは、その哀しい傷を見られたくなかった。せめて勇一の前だけでは、五年前の汚れていなかった、清らかな自分のままでいたかったのである。
 勇一はしばらくうつむき何事か思案に耽っているように見え、二人はしばらくの間、口をつぐんだまま歩いた。交差点まで来て、横断歩道の手前に佇む。この時間とて信号は点滅しているが、勇一は渡ろうともせず、その場に立ち尽くしたままだった。
 流石に、周囲を行き交う通行人はない。時折、車が傍らを通り過ぎてゆくだけだ。
 ふいに勇一が顔を上げ、美月を見た。
「先生、良かったら、俺のアパートに来ないか」
 刹那、美月は息を呑んだ。まさか勇一が家に来いと言い出すとは考えてもみなかったのだ。
 美月は笑って首を振る。
「金田君、私がどうして帰る家までなくしちゃったか、全然訊ねようともしないのね。」私、今は会社も辞めてるし、本当に行きづまってるのよ。一緒に来ても良いって言ってくれる金田君の気持ちはとても嬉しいけど、金田君にそこまで迷惑かけるわけにはいかない」

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