
紫陽花(オルテンシア)~檻の中の花嫁~
第4章 光と陽だまりの章
「俺は迷惑だなんて全然思ってないよ。それにさ、先生。さっき先生がいきなり泣き出したことを考え合わせたら、俺の知らないところで先生によほどのことがあったんだって、俺だって判るさ。―先生、いつかスクールでも習ったよね? 英文の諺、あれ、何だったけ、〝袖ふり合うも多生の縁〟? 俺と先生が偶然ここで再会したのも、その袖ふり合うっていう奴なんじゃないの? だったら、それで良いじゃん。先生、俺んところに来いよ」
言葉はけして丁寧ではなく、むしろぶっきらぼうに聞こえたけれど、その中に潜む勇一の労りがよく伝わってきた。
「な? 先生。そうしなよ。安心して良いから。俺は変な下心なんて、全然ないからね!」
おどけたように言う勇一の表情や仕種がおかしくて、美月は笑い転げた。こんな風に心から笑ったのは随分と久しぶりのような気がした。
勇一との暮らしが始まった。穏やかな日々が美月の傷ついた心を少しずつ癒やしてくれた。
勇一は昼間、近くのガソリンスタンドに勤め、夜は週に四日、例のコンビニでバイトをしていた。
コンビニからほど近い二階建てアパートに、勇一は一人で暮らしていた。アパートと言っても、美月が晃司の〝妻〟として暮らしていたあの高層マンションとは雲泥の差である。
勇一の住み処は、築五十年近いという、下世話な言い方をすれば、オンボロアパートであった。そのアパートに美月が突然、転がり込んだわけだ。勇一の部屋は二階の一番手前、二〇一号室である。
美月が勇一と暮らすようになってひと月が過ぎようとしていた九月下旬のことだった。その日は勇一が週に一度の公休日で、二人して朝から近くのスーパーに買い物に出かけた。美月の発案で鍋料理を作ることになり、様々な食材を買い込んできたのである。
夕方からは早々とガスコンロをテーブルに設置し、大きな土鍋をかけた。昆布でたっぷりと出汁を取った汁に美月が買ってきた野菜を入れる。長ネギ、シラタキ、鶏のササミ、人参、大根、白菜、椎茸と手際よく入れ、ほどよく煮え立ってきたところを菜箸で小皿に引き上げ、ポン酢で食べる。
まだ湯気の立つ熱々の旬の食材をフーフーと言いながら食べるのも愉しい。
言葉はけして丁寧ではなく、むしろぶっきらぼうに聞こえたけれど、その中に潜む勇一の労りがよく伝わってきた。
「な? 先生。そうしなよ。安心して良いから。俺は変な下心なんて、全然ないからね!」
おどけたように言う勇一の表情や仕種がおかしくて、美月は笑い転げた。こんな風に心から笑ったのは随分と久しぶりのような気がした。
勇一との暮らしが始まった。穏やかな日々が美月の傷ついた心を少しずつ癒やしてくれた。
勇一は昼間、近くのガソリンスタンドに勤め、夜は週に四日、例のコンビニでバイトをしていた。
コンビニからほど近い二階建てアパートに、勇一は一人で暮らしていた。アパートと言っても、美月が晃司の〝妻〟として暮らしていたあの高層マンションとは雲泥の差である。
勇一の住み処は、築五十年近いという、下世話な言い方をすれば、オンボロアパートであった。そのアパートに美月が突然、転がり込んだわけだ。勇一の部屋は二階の一番手前、二〇一号室である。
美月が勇一と暮らすようになってひと月が過ぎようとしていた九月下旬のことだった。その日は勇一が週に一度の公休日で、二人して朝から近くのスーパーに買い物に出かけた。美月の発案で鍋料理を作ることになり、様々な食材を買い込んできたのである。
夕方からは早々とガスコンロをテーブルに設置し、大きな土鍋をかけた。昆布でたっぷりと出汁を取った汁に美月が買ってきた野菜を入れる。長ネギ、シラタキ、鶏のササミ、人参、大根、白菜、椎茸と手際よく入れ、ほどよく煮え立ってきたところを菜箸で小皿に引き上げ、ポン酢で食べる。
まだ湯気の立つ熱々の旬の食材をフーフーと言いながら食べるのも愉しい。
