紫陽花(オルテンシア)~檻の中の花嫁~
第4章 光と陽だまりの章
「大分昔のことになるけど、俺の姉が初めての子どもを宿したときも、確かこんな風な感じになったと思うんだ。悪阻っていうのかな、男の俺にはよく判らないけど、随分苦しそうで、食べるものも満足に食べられなくて、見る間に痩せ細っていった。俺はその頃、まだ小学生だったから、姉がそれこそ本当に死んでしまうんじゃないかと怖かったのをよく憶えてる」
勇一の姉に逢ったことはないが、彼とは歳が十も離れていると聞いている。今は医師をしているご主人の仕事の関係で、香港に住み、二人の女の子に恵まれているそうだ。
―妊娠。
予期さえせぬ言葉が、しかも、勇一の口から出て、美月は凍りついていた。
「あ―、わ、私」
「ごめんな、変なこと言って」
唇をわななかせる美月を、勇一が哀しげに見つめていた。
涙が滲み、勇一の顔がはっきりと見えない。ふいに立ち上がった美月は踵を返し、勇一に背を向けて走り去ろうとした。
「どこへ行くんだ?」
勇一が美月の細い手首を咄嗟に掴んだ。
「私、もう勇一さんの傍にはいられない。一緒にいる資格なんて、ないもの」
泣きながら訴える美月を引き寄せ、勇一は自分の方に向かせた。その両肩に手のひらをのせ、美月の顔を覗き込む。
「一体、何があったっていうんだ? 美月さん、教えてくれよ。美月さんをそこまで哀しませ、泣かせるような、どんな辛いことが君の上に起こったんだい?」
美月は、うつむいたままの姿勢で泣きじゃくった。
「私―、旅館に連れ込まれて、無理に―」
烈しい嗚咽の合間にようよう紡ぎ出した短い科白は、勇一の心を鋭く抉ったようだった。
「―レイプ、されたのか」
衝撃のあまり、掠れた声で力なく問い返す勇一に、美月は小さく頷いて見せた。
「―以前、勤めていた会社の」
言いかけた美月の身体がふわりと抱きしめられた。
「もう良いよ、もう良いから、何も言わなくて良い」
「でも、私は汚れた身体だから、あなたの傍にいる資格なんてない」
「馬鹿」
勇一に人さし指でチョンと額をつつかれ、美月は涙の溜まった眼で勇一を見上げた。
勇一の姉に逢ったことはないが、彼とは歳が十も離れていると聞いている。今は医師をしているご主人の仕事の関係で、香港に住み、二人の女の子に恵まれているそうだ。
―妊娠。
予期さえせぬ言葉が、しかも、勇一の口から出て、美月は凍りついていた。
「あ―、わ、私」
「ごめんな、変なこと言って」
唇をわななかせる美月を、勇一が哀しげに見つめていた。
涙が滲み、勇一の顔がはっきりと見えない。ふいに立ち上がった美月は踵を返し、勇一に背を向けて走り去ろうとした。
「どこへ行くんだ?」
勇一が美月の細い手首を咄嗟に掴んだ。
「私、もう勇一さんの傍にはいられない。一緒にいる資格なんて、ないもの」
泣きながら訴える美月を引き寄せ、勇一は自分の方に向かせた。その両肩に手のひらをのせ、美月の顔を覗き込む。
「一体、何があったっていうんだ? 美月さん、教えてくれよ。美月さんをそこまで哀しませ、泣かせるような、どんな辛いことが君の上に起こったんだい?」
美月は、うつむいたままの姿勢で泣きじゃくった。
「私―、旅館に連れ込まれて、無理に―」
烈しい嗚咽の合間にようよう紡ぎ出した短い科白は、勇一の心を鋭く抉ったようだった。
「―レイプ、されたのか」
衝撃のあまり、掠れた声で力なく問い返す勇一に、美月は小さく頷いて見せた。
「―以前、勤めていた会社の」
言いかけた美月の身体がふわりと抱きしめられた。
「もう良いよ、もう良いから、何も言わなくて良い」
「でも、私は汚れた身体だから、あなたの傍にいる資格なんてない」
「馬鹿」
勇一に人さし指でチョンと額をつつかれ、美月は涙の溜まった眼で勇一を見上げた。