紫陽花(オルテンシア)~檻の中の花嫁~
第4章 光と陽だまりの章
その途端、勇一が意地悪そうな顔になった。
「じゃあ、俺からもお願いな。俺も―」
そこで勇一は少し逡巡を見せ、やがて思い切ったように言った。
「俺も美月さんに〝金田君〟って言われるの、実は気になってたんだ。これからは俺のことも名前で呼んでくれない?」
「何て言えば良いの―?」
戸惑いに瞳を揺らして見上げると、まるで眩しいものでも見るかのように眼を細め、勇一が応える。
「下の名前で呼んで欲しい」
その言葉に、美月は幸せを感じて再び泣きそうになってしまった。
レストランを出た時、勇一がふと空を見上げた。
庭園のライトアップは既に終わったらしく、庭はひっそりと静まり返っていた。
枯山水の庭の上に、円い月がかかっている。一面にひろがる漆黒の夜空に星がまたたき、煌々と照らし出された庭園は、月の光に濡れ白く発光しているかのように見え、人工的な灯りが点っていたときよりも更に現実離れしていた。
「ここの店は結構いけるって評判なんだけど、あまり口に合わなかった?」
唐突に問われ、美月は言葉を失ってしまう。
「ごめんなさい。折角連れてきて貰ったのに、私、殆ど残してしまって」
申し訳なさで一杯になっていると、勇一が笑った。
「別に責めてるわけじゃないんだ。ここのところ、ずっと調子が良くないようだったから、どこか具合でも悪いのかなと思って、さ」
そのときだった。
本当に突然、身体の奥底から猛烈な吐き気がせり上がってきた。
美月はあまりの息苦しさに手のひらで口許を押さえ、その場に蹲った。コホコホと涙眼になるまで咳き込み続けても、吐き気は一向に去らなかった。ここ数日はろくに食べていないので、いくら咳いても出てくるのは苦い唾液だけだ。
大きな手のひらが躊躇いがちに美月の背中を撫でた。不器用だけれど、温もりのある優しい手だ。
「違ってたら、ごめん。もしかして、美月さん、妊娠してるんじゃないか?」
そこで勇一は、いったんは言葉を区切り、小さく息を吸い込んだ。
「じゃあ、俺からもお願いな。俺も―」
そこで勇一は少し逡巡を見せ、やがて思い切ったように言った。
「俺も美月さんに〝金田君〟って言われるの、実は気になってたんだ。これからは俺のことも名前で呼んでくれない?」
「何て言えば良いの―?」
戸惑いに瞳を揺らして見上げると、まるで眩しいものでも見るかのように眼を細め、勇一が応える。
「下の名前で呼んで欲しい」
その言葉に、美月は幸せを感じて再び泣きそうになってしまった。
レストランを出た時、勇一がふと空を見上げた。
庭園のライトアップは既に終わったらしく、庭はひっそりと静まり返っていた。
枯山水の庭の上に、円い月がかかっている。一面にひろがる漆黒の夜空に星がまたたき、煌々と照らし出された庭園は、月の光に濡れ白く発光しているかのように見え、人工的な灯りが点っていたときよりも更に現実離れしていた。
「ここの店は結構いけるって評判なんだけど、あまり口に合わなかった?」
唐突に問われ、美月は言葉を失ってしまう。
「ごめんなさい。折角連れてきて貰ったのに、私、殆ど残してしまって」
申し訳なさで一杯になっていると、勇一が笑った。
「別に責めてるわけじゃないんだ。ここのところ、ずっと調子が良くないようだったから、どこか具合でも悪いのかなと思って、さ」
そのときだった。
本当に突然、身体の奥底から猛烈な吐き気がせり上がってきた。
美月はあまりの息苦しさに手のひらで口許を押さえ、その場に蹲った。コホコホと涙眼になるまで咳き込み続けても、吐き気は一向に去らなかった。ここ数日はろくに食べていないので、いくら咳いても出てくるのは苦い唾液だけだ。
大きな手のひらが躊躇いがちに美月の背中を撫でた。不器用だけれど、温もりのある優しい手だ。
「違ってたら、ごめん。もしかして、美月さん、妊娠してるんじゃないか?」
そこで勇一は、いったんは言葉を区切り、小さく息を吸い込んだ。