紫陽花(オルテンシア)~檻の中の花嫁~
第5章 光と陽だまりの章②
「はい、よろしくお願いします」
美月は、小さく頷いた。
予想以上に、時間を必要とするのかもしれないし、最悪の場合、裁判沙汰になる可能性もある。でも、それでも良いと思う。
勇一の言うように、互いの気持ちがはっきり、しっかりとしていれば、必ずゴールまで共に手を取り合って歩いてゆけるはずだ。
「これを受け取ってくれないか」
ふと差し出されたのは、小さな手のひらに納まるほどの絹張りの小箱。眼を見開く美月の前で、勇一は蓋を開けた。
秋の陽を受けて、勇一の持つ指輪が煌めく。
勇一は、美月の手を取り、そっと左手の薬指に指輪をはめた。
「―綺麗」
美月は、感嘆の溜息を零すと、その指輪に魅入った。海の色を閉じ込めたような小さな透き通った石は、アクアマリンだろうか。
「実は、この指輪は俺の親父がお袋にプロポーズしたときに贈ったものなんだ」
アクアマリンの指輪は、勇一の母が父から贈られたものだった。先刻、勇一が美月に話して聞かせたように、母の両親によって無理に仲を引き裂かれようとした時、父が自分を信じて待っていて欲しいという意味を込めて母に贈ったそうだ。
勇一の母は、再婚して韓国に戻る際、勇一にこの指輪を譲ったという。
―いつか、勇一が長い人生を一緒に歩いてゆきたいと思える女に出逢った時、これを上げて欲しいの。
母は、そう言って息子に夫の形見を託した。
勇一は、それらの話を少し照れたように笑いながら聞かせてくれた。
「いつか俺も心から愛せる女性に巡り逢えたら、渡そうと大切に持ってたんだ。本当はこの間のバースデープレゼントと一緒に渡したかったんだけど、まだ美月さんの気持ちをはっきり確かめたわけでもないのに、あまりにも押しつけがましいと思われるのが怖くて、渡せなかった」
それにあの夜は、美月の妊娠騒動が持ち上がった日でもあった。美月は、今、思い出しても恥ずかしいほどに取り乱してしまったし、到底、そういう雰囲気ではなかったろう。
ふいに勇一の手が美月の華奢な身体に回った。いつもよりはやや性急な仕種で抱き寄せられ、美月はその逞しい胸板に頬を寄せる。
美月の編んだブルーグレーのセーターを通して、トクトクという規則正しい鼓動を刻む音が耳にまで響いてくる。
美月は、小さく頷いた。
予想以上に、時間を必要とするのかもしれないし、最悪の場合、裁判沙汰になる可能性もある。でも、それでも良いと思う。
勇一の言うように、互いの気持ちがはっきり、しっかりとしていれば、必ずゴールまで共に手を取り合って歩いてゆけるはずだ。
「これを受け取ってくれないか」
ふと差し出されたのは、小さな手のひらに納まるほどの絹張りの小箱。眼を見開く美月の前で、勇一は蓋を開けた。
秋の陽を受けて、勇一の持つ指輪が煌めく。
勇一は、美月の手を取り、そっと左手の薬指に指輪をはめた。
「―綺麗」
美月は、感嘆の溜息を零すと、その指輪に魅入った。海の色を閉じ込めたような小さな透き通った石は、アクアマリンだろうか。
「実は、この指輪は俺の親父がお袋にプロポーズしたときに贈ったものなんだ」
アクアマリンの指輪は、勇一の母が父から贈られたものだった。先刻、勇一が美月に話して聞かせたように、母の両親によって無理に仲を引き裂かれようとした時、父が自分を信じて待っていて欲しいという意味を込めて母に贈ったそうだ。
勇一の母は、再婚して韓国に戻る際、勇一にこの指輪を譲ったという。
―いつか、勇一が長い人生を一緒に歩いてゆきたいと思える女に出逢った時、これを上げて欲しいの。
母は、そう言って息子に夫の形見を託した。
勇一は、それらの話を少し照れたように笑いながら聞かせてくれた。
「いつか俺も心から愛せる女性に巡り逢えたら、渡そうと大切に持ってたんだ。本当はこの間のバースデープレゼントと一緒に渡したかったんだけど、まだ美月さんの気持ちをはっきり確かめたわけでもないのに、あまりにも押しつけがましいと思われるのが怖くて、渡せなかった」
それにあの夜は、美月の妊娠騒動が持ち上がった日でもあった。美月は、今、思い出しても恥ずかしいほどに取り乱してしまったし、到底、そういう雰囲気ではなかったろう。
ふいに勇一の手が美月の華奢な身体に回った。いつもよりはやや性急な仕種で抱き寄せられ、美月はその逞しい胸板に頬を寄せる。
美月の編んだブルーグレーのセーターを通して、トクトクという規則正しい鼓動を刻む音が耳にまで響いてくる。