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紫陽花(オルテンシア)~檻の中の花嫁~

第5章 光と陽だまりの章②

 美月は勇一から貰ったアクアマリンのリングがあるからと一度は首を振った。昼間の仕事と夜のバイトを掛け持ちしている勇一だが、それでも稼ぎはけして多くはない。そこに美月が突如として転がり込んできたのだから、生活は余計に切迫したのは言うまでもない。美月は、これ以上もう、勇一に負担をかけたくなかった。
 が、勇一は、笑いながら言った。
「俺が美月と同じ指輪を嵌めていたいんだ」
 その時、美月は勇一の心が伝わってきたような気がした。美月と勇一は結婚したとはいえ、それはまだ世間的に認められた関係でもなく、法的にいえば、二人はあくまでも他人だ。
―要は、俺と美月さんの心だよ。俺たちが結婚して夫婦になったんだと思えば、それで良いんじゃないのか。
 公園で美月にはああ言ったものの、やはり、勇一自身も何か眼に見える―形のあるもので二人の結びつきを確かめていたいのかもしれない。
 その想いは、美月も全く同じだったから、敢えて遠慮せず、指輪を買って貰うことにしたのである。アクアマリンのリングは、誕生日プレゼントとして貰ったオルゴールに大切にしまった。
 山のような荷物を抱え、それでも嬉しげに美月と並んで歩く勇一、その勇一を見上げ、うっすらと頬を染める美月。その微笑ましい姿は、どこから見ても、仲睦まじい新婚の夫婦であった。
「全っく、今どきの若い人ときたら、人が悪いねェ。年寄りをからかうもんじゃないよ。やっぱり、そうだったんじゃないか」
 報告を受けた白石さんは、二人を揶揄するように言ったけれど、その表情は言葉に似合わず、嬉しそうに見えた。
 結局、勇一は再びあの〝祝御結婚〟と書かれた紅白の金包みを持ち帰る羽目になってしまった。
 同じように隣近所の住人たちにも挨拶を済ませたその夜。
 その日は夕方から急に冷え込んだ。妊娠初期の美月の身体を気遣った勇一は、押し入れにしまいこんでいた電気ストーブを出してきて、早速スイッチを入れた。
 勇一はいつものように午後十時前にアパートを出て、バイト先のコンビニに向かう。
 六畳の和室で生まれてくる赤ン坊のために、早くもベビーソックスを編み始めた美月は、勇一を待ちながらせっせと編み棒を動かしている間にいつしか寝入ってしまった。とにかく妊娠初期は眠くて仕方ないのである。

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