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BL短編

第8章 最後のお願い

触れるほどの近い距離を、和真兄は離れようとしない。

「唇は次に好きになった、忍くんを愛してくれる人に残しておきなね。」

耳に囁かれた言葉に切なくなる。


「ごめん、和真兄っ...ありがとう。」
和真兄の大人の対応に、つくづく自分が子供だと思い知らされる。


「...見ていく?帰る?」
「ううん、俺はここからでも帰れるし、歩いて帰るよ。」

さすがに帰りまで、送ってもらうほど、子供じゃない。少しでも背伸びをしたくて車を降りた。


「いいの?」
「新居帰らないとでしょ?」
バタンと車のドアを閉める。

明日からはもう別の人しか乗らなくなるその席に、座れたのだからこれでいい。

無理矢理笑顔を作って距離を取れば、風に髪が揺れた。


「お幸せに。」

そう言って手を振れば黒いスポーツカーが動き出す。
見えなくなったのを確認してから、座り込んで少し泣いた。

「っう...和真兄のこと、俺だって大好きだったん、だよ...。」


丸まった小さな自分の体を抱きしめる。
堰を切ったように、閉じ込めていた想いが溢れて止められない。

しばらくそうやって、忘れられたように人がいない公園で気持ちを吐き出していた。

涙が収まってから、夕焼けで染まる街並みを公園のベンチから眺めて過ごす。
それもだんだん夜の色へと変わり始めた頃、やっと公園を後にした。


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