近くて甘い
第52章 未来のために
「田部さん…?」
「不倫なんかっ…
副社長が不倫なんかダメですっ…」
しきりに涙を流す加奈子の言葉を、要は黙って聞いていた。
「副社長はっ…素敵な人で…っ。
本当に現実の人なのか、疑わしいくらい完璧でっ…
みんなから慕われててっ…」
「田部さん…」
「だからっ…不倫なんかっ…不倫なんかしないで下さいっ…」
勢いよく立ち上がった加奈子は、困った様子で見つめてくる要のことを強く見つめ返した。
「っ……私っ…帰りますっ…」
「ちょっと、…」
「今までありがとうございましたっ…。たくさんご迷惑をおかけして本当にもっ、申し訳ありませんでしたっ…」
「待ってくれっ…田部さん」
慌てて立ち上がった要に、加奈子は、ラッピングされたクッキーを差し出した。
これで最後…
これで最後だから……
「っ……これっ…おいしいって言ってくれたアールグレイのクッキーですっ…」
「────…」
呆然とする要のことを見ながら、加奈子は、さよならと言い残して、ヨタヨタとその場を去って行った。
─────不倫なんかダメですっ…
「は…ぁ…」
要は追い掛けることもせずに、ただただクッキーの袋を切なげに眺めていた。