近くて甘い
第58章 社長夫人のお受験
「それじゃあ…頑張ってね。あなたなら、きっと受かるわ」
そう言い残した先生は、プリントを掴む私の手をギュッと握ったあと、その肩から流れる髪を靡かせて、その場を立ち去っていってしまった。
この人は…
一体…
「先生っ…」
気付いたら、私は、相原先生のことを引き止めていた。
「……なに…?」
どっ、どうしようっ…
何もいうこと決めてないのに引き止めちゃったっ…
アワアワとパニックになっていると、先生は、静かに近付いてきて、私の顔を覗き込んだ。
「……あなたが何を言いたいのか、分かるわ…」
「………」
「……要くんの…ことでしょう…?」
ズバリ言い当てられて、私は、目を見開いたまま先生のことを見つめた。
切なげに、先生が視線を下ろす。
あぁ…
儚い…
先生を見ていると、そう思わずにはいられない…
「あなたには…きっと理解できないわ…」
「…………それは…」
「……本気で好きだったの…。
私は教員という立場で…彼は生徒という立場だったのに…。
本気で…」
か細い声に、胸が締め付けられた。
「……彼が真っすぐに気持ちをぶつけてくる事は、あなただって分かると思うけど…」
「───…」
「怖かったの…愛した彼はあまりに無垢で…
教員という立場と、女という立場で揺れて…」