禁断兄妹
第61章 消せない傷
エレベーターホールに着いた私達はボタンを押し
二人なんとなく前を向いて黙りこむ。
「萌さん」
「はい」
見上げた灰谷さんは真剣な表情で私を見つめていて
「もう私とは喋ってくれないんじゃないかと、思ってました」
痩せたせいか前よりも大きく見える熱っぽい瞳
「そんなこと‥‥」
直視できなくて俯いた。
「タイでずっと考えていました。あなたのことを。もう一度話がしたい、笑顔が見たいと」
まるで告白のような言葉に
伏せた顔が熱くなり全身が固まる。
しんと静まっているホール
エレベーターのモーター音だけが微かに響く。
「あの日‥‥私とあなたのお兄さんとの会話を、あなたは聞いていましたよね。あれは、私の嘘偽りのない気持ちです。弁解する気も、誤魔化す気もありません」
真摯な声に顔を上げると
痛いほど真っ直ぐな眼差しとぶつかった。
「私が、怖いですか」
深い森のような瞳の色
「‥‥」
言葉もなく見つめあう私達の前で開いた扉
ふっと視線を外し乗り込んだ灰谷さんが私を振り返る。
「萌さん‥‥少し時間をもらえませんか」
「え‥‥」
「下のベンチで、あなたと話がしたい。聞いてくれるだけでも、構わない」
ボタンを押し扉を開いたままにして灰谷さんが私を呼ぶ。
───お前が思う以上に、あいつは危険な人間なんだよ。頼むから気をつけてくれ───
頭の中の柊が
お前一人で向き合うのは危険だと血相を変えて引き留める。
けれど私は本能的に
灰谷さんの話が聞きたいと思った。
どの道が正しいか
進んでみなければわからない
私は吸い込まれるようにエレベーターへ乗り込んだ。