禁断兄妹
第61章 消せない傷
「───ここにしましょうか」
四方をガラスと壁に囲まれた明るい中庭に出た私達は
辺りを見渡せるベンチに腰掛けた。
「寒くないですか」
灰谷さんは眩しそうな顔で私を見る。
「大丈夫です。今日は風もないし暖かいですよね」
私達はどちらともなく
四角く切り取られた小さな空を見上げた。
夕暮れにはまだ早い時間
綺麗に晴れてどこからか鳥のさえずりが聞こえてくる。
「‥‥入院中だとはお聞きしていましたが、ご病状は知りませんでした」
灰谷さんがぽつりと口を開いた。
「今日久しぶりに巽さんにお会いして、話を聞いて‥‥本当に驚きました」
空を見上げていた顔を私に向ける気配に
私も灰谷さんに視線を移した。
引き締まった誠実な表情がそこにあった。
「お辛いでしょうね」
やるせない声と瞳
「本当に‥‥何と言っていいかわかりません‥‥巽さんにも、あなたにも」
灰谷さんは肩を落とすように俯いて
開いた足の真ん中で組み合わせている両手に
ぎゅっと力をこめた。
「びっくりしますよね。私も、夢を見てるんじゃないかって思う時があります」
病気がわかってからまだ三ヶ月ほど
なのに発見が遅かった上に進行が早くて
お父さんはもう末期の状態
「実感がないと言うか‥‥何て言っていいのかわからないのは、私も同じです」
それが今の正直な気持ちだった。
「お見舞いに来て下さってありがとうございます。父は灰谷さんに会えて嬉しかったんだと思います。なんだか明るかったし、元気が出たみたいで」
灰谷さんは俯いたまま首を振った。
「父も言ってましたけど、また来てあげて下さい」
気がついたら自然にそう言っていた。
灰谷さんが顔をあげて私を見る。
「来ても、いいんですか」
戸惑いの色が揺れる瞳に
私は微笑みを返した。
「はい」
確かに私は灰谷さんが怖い
お父さんと話をして欲しくないと思うけれど
それは私の勝手な考えでしかないから
見上げた空を
一羽の鳥が横切っていった。