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禁断兄妹

第61章 消せない傷



指先が白くなるほど
強く頭を押さえつける灰谷さんに

私は手を伸ばし

その傷だらけの手の甲に
触れた。


びくんと

大きな身体が揺れる。



「そんな力いっぱい押さえつけたら、怪我しちゃう‥‥」



「‥‥」



強張っていた手から
力が抜けて

ゆっくりと
落ちていく


現れた
透き通った瞳が
私を映す。


少年のようだと

思った。



「優希は、まだ十歳だったんです‥‥」



泣き出しそうな




「‥‥うん」



「本当に小さくて、声変わりさえ、まだしてなかった‥‥」



「うん」



「萌さん、あなたの声に、よく似ているんです‥‥」



思いがけない言葉に

ふっと

時が止まる。



「‥‥私の声に‥‥?」



「ええ。
 本当に、よく似てる‥‥

 声だけじゃない‥‥心が優しいところも、菓子作りが好きなところも‥‥」



灰谷さんと仲良くなったきっかけは
私が絆創膏を
あげたこと


あの時
───あなたの元気な挨拶の声を聞くのが楽しみなんです───
そう言ってくれたことを
思い出す。


いつも私の何気ないお喋りを
目を細めて聞いていた灰谷さん

お菓子作りの話は
特に
嬉しそうで



そうか


そうだったのね




絡まった糸が

ほどけていく




「‥‥なんて、言いたかったの‥‥?」




「え‥‥」




「釣りに行って、海を見ながら、なんて言いたかったの?」



あの日の
少年の灰谷さんへ

語りかけた。



私を映す瞳が
揺れて

薄く開かれた唇が

震えた。



「ごめん、って‥‥」



「うん」



私は頷いて

膝の上で力を失っている
灰谷さんの片手を

両手で包みこんだ。



「今までごめんなって‥‥

 でも、もう絶対に逃げたりしないから、強くなるから、
 兄ちゃんが、必ずっ、優希を守るから‥‥っ」



苦しげに
細くなった瞳から

涙が

零れた。



「そう言いたかった‥‥だけど、今更何を言ったって、海の底に私の声なんて届かない‥‥

 優希は私への当てつけに、釣竿を持って行ったに違いないんです。
 今も私を憎み、冷たい海の中をさまよっているのかも知れない‥‥っ」


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