禁断兄妹
第61章 消せない傷
そのまま
どのくらいの時間が過ぎたのか
「ありがとう、萌さん」
小さな声が聞こえて
いつの間にか閉じていた目を
開いた。
顔をあげると
灰谷さんはコートの袖で
濡れた顔をごしごしと擦っていて
「‥‥はあっ‥‥」
吹っ切るように大きく息を吐くと
現れた赤い瞳を私に向け
はにかむように
笑った。
その表情は
とても
柔らかだった。
「あなたは、まるでマリアだ‥‥
笑わないでくださいね。本当に、そう思ったんです」
灰谷さんのもう片方の手が
私の手に重なる。
笑顔と同じ
暖かな
手のひら
「許すだなんて、考えたこともなかった‥‥」
ほろ苦く微笑んで
灰谷さんは重ねた手に
視線を落とした。
「自分のことも、あの講師も、優希をいじめた奴らのことも‥‥
あなたが言うように、私は優希のことさえ、許せずにいたように思います。
誰のことも、何もかも‥‥許せなくて、悔しくて‥‥」
途方もない苦しみの日々は
想像に難くない
少年は格闘家にまでなって
強さを
追い求めた
頷きながら
両手に力をこめると
視線をあげた灰谷さんと
目が合った。
「あなたの言葉で気付きました。
優希を海の底に閉じ込め続けていたのは、自分自身だったと───」
微笑むその目尻から
また一つ
涙が零れる。
「許すという境地に、私はまだ遠いかも知れない。
でも、全てを許したいと、心から思えました。
‥‥そうすることが、天国にいる優希の望みのようにも、感じられたから」
澄んだ瞳は
雨上がりの空のよう
光が
宿っている
「灰谷さん‥‥」
小さな兄弟は
もう
深い森にはいない
一人は
ここに
もう一人は
空に