禁断兄妹
第61章 消せない傷
「さて‥‥
萌さん、待っていますからマンションまで一緒に帰りませんか」
灰谷さんはそう言うと
ベンチから腰をあげた。
「暗くなってきましたし、あなたを一人で帰すのは心配です。
待っていますから、巽さんに会ってきてください」
さっきまでの会話の余韻に
ぼんやりと身を置いていた私は
思わぬ展開に戸惑いながら
立ち上がった。
「でも、父と全然話をしてないですし‥‥灰谷さんのバイト、何時からですか?私を待ってたら遅刻しちゃう」
「引き止めてくださる巽さんの手前ああ言いましたが、本当は明日からなんです」
意外な答えが返ってきて
驚く。
「そうだったんですか?」
「巽さんはお疲れのようでしたけど、私がただ帰りますと言っても、気を遣って引き止めるでしょうから。そのやり取りを避けたんです」
こういうのを
優しい嘘と
言うんだろうか
灰谷さんは
嘘がつけない人だと思っていたけど
やっぱり
大人なんだ
「せっかくお見舞いに来たんですから、萌さんの好きなだけ巽さんの側にいてください。
私が勝手に待つだけですから、お気になさらず」
そう言いながら
歩き始める灰谷さん
慌てて後を追う。
「そんな‥‥悪いです。大丈夫ですから、先に帰ってください」
「今日はトレーニングも休みで暇なんです。
一階には喫茶スペースがありましたよね。そこで待っています」
「でも‥‥」
マンションは駅から近いし
心配するような道のりじゃない
何よりも
柊が
私と灰谷さんが二人でいることを
快く思わないだろうから
遠慮した方がいいような
気がした。
「あの、お気持ちはすごく嬉しいんですけど、帰りに寄りたいところもあるので‥‥本当に大丈夫ですから」
立ち止まり
振り返った灰谷さんは
複雑な表情をしていて
これはまだ未確認情報なんですが、と
前置きをしてから
口を開いた。
「最近マンションを窺うように低速運転で通り過ぎたり、離れて停車している不審な車がいるようなんです。
今日同僚のコンシェルジュに電話をした時に聞いた話なんですが、なんだか気になって」
「えっ‥‥」
「見たという者は二人いて、ナンバーはあやふやですが、黒塗りの高級車だったという点は一致しているそうです」