禁断兄妹
第68章 罪と罰③~灰谷の告白~
「萌さんはせっかく一生懸命やって来たのに、今来たばかりの道を喧嘩別れのように走って引き返していきます。何があったのか心配で堪らず、もう声をかけようと私は何度も口を開きました。
けれど、人通りもほとんどない暗い夜道‥‥こんな所まで黙ってついて来て今更声をかければ、不審がられるのは目に見えている。そう思うと、声を出すのがどうしてもためらわれた‥‥
結局私は、萌さんを心配する気持ち以上に、萌さんに誤解されたくない、嫌われたくない、という気持ちのほうがまさっていたと思います‥‥馬鹿だった。本当に。
踏ん切りがつかないまま走る私を、後ろからやって来た一人の男が、風のように追い越していきました。
そして『萌ちゃん、ストップストップ』などと親しげに呼びかけ、萌さんの足を止めさせたんです。
この男こそが、あの暴力団組員です。
その時はそんなことを思いもせず、男が長身だったので、あいつもモデルか何かで一ノ瀬さんの代わりに萌さんを追いかけてきたのだろうと思いました。
‥‥いや、本当に疑いはもたなかった。
クラブの前でスタッフに引き止められた一ノ瀬さんが『あいつを連れ戻してくれ』と叫んでいたことが頭にあったからです。
私は距離を取り、物陰から様子をうかがいました。
二人の会話は聞き取れませんでしたが、私の推察は当たっているように思えました。
男は萌さんの名前を知っていたのですし、優しげに笑いかけハンカチを差し出すなど、わけ知り顔です。
萌さんは最初驚いたような様子があったものの、次第に頷いたり言葉を交わしたり‥‥顔見知りなのかな、とも思いました。
そうですね‥‥萌さんが怖がったり嫌がったりしてるようには見えなかったんです。
もしそうだったら、私は迷わず姿を現し男に詰め寄ったでしょう。
一ノ瀬さんの代わりにやって来た、という思い込みは私だけでなく、萌さんも同じだったのではないでしょうか。
きっと男はあなたと萌さんのやり取りを全て観察していて、『あいつを連れ戻してくれ』と叫んだことを、上手く利用したのでしょう。
そして言葉巧みに一ノ瀬さんの知人を装ったに、違いない。
あの堂々とした態度‥‥男の大胆不敵さと狡猾さには、舌を巻くばかりです‥‥」