禁断兄妹
第68章 罪と罰③~灰谷の告白~
「今でも覚えています。
『俺の萌に何しやがった、絶対に許さねえ、ぶっ殺してやる』あなたは私にそう叫びましたね。
この言葉に反応したのは私ではなく、失神していたはずの、あの男でした。
『それはこっちのセリフだクソガキ』と叫び、しかも言葉と共に、あなたに向かってナイフを投げつけた。
あれは間違いなくナイフです。
軌道からして、一ノ瀬さんの顔を狙っていました。
手術に使うメスのような、細く鋭いナイフがスーツの内側から現れたのを、闘いの最終局面でも見ています。
非常に扱いに長けていましたが、最初から使わなかったことからも、本来は使うつもりのない物のように感じました。
しかし失神してしまった上に、図らずも一ノ瀬さんが現れたので、それまでの冷静さも霧散し、我を忘れたのでしょう。
私は男があの辺りに倒れているのを知っていたんですが、目の前の苦境に意識が集中してしまっていた。
あなた達は真犯人がすぐ近くに倒れていることなど知らないのですし、男がひそんでいたのは車と車の間で、私達三人からは見えない位置でした。
でも萌さんだけは、偶然男の正面にいたので、その復活に気がついた‥‥
襲われた時の恐怖が甦って、卒倒せんばかりだったと思います。車内で我に返った時と同じように、目を見開き硬直していたのかも知れません。
私はすぐ側にいたのに、何も気づいてあげられなかった‥‥
萌さんはたった一人で、あの男を見ていた。
見ていたからこそ、一ノ瀬さんに向かってナイフを投げようとしていることに、気がついた。
声も出ない、身体も動かない、それでも力を振り絞って、無我夢中で飛び出した‥‥一ノ瀬さん、あなたを守る為に。
愛する人を守りたいという信念が、極限状態の身体に、力を与えたのでしょう。
その後のことは、あなた達も知っての通りです。
これが私の知る、この事件の全てです。もう隠していることは、ありません‥‥」