禁断兄妹
第71章 君が方舟を降りるなら
二人の誠実な言葉に
胸がぎゅうっと締め付けられて
私もそうありたい
沸き上がる想いのままに
私は口を開いた。
「あのね‥‥
私がお見舞いで病室にいた時にお父さんの容態が急変して‥‥それをお兄ちゃんに知らせに行った帰りに転んで頭を打って、記憶がなくなってしまったみたいなんだけど‥‥
きっとその時の私には、お父さんが死んじゃうかもしれないっていう恐怖感がものすごくあったんだと思う。
だから、その恐怖を忘れる為に、私は記憶をなくしてしまった気がするの。
頭を打ったことは、きっかけに過ぎなかったんじゃないかなって」
お母さんにもお兄ちゃんにもちゃんと話したことがない
今の私の
正直な思い
「結果的にお父さんはそのまま亡くなってしまって‥‥
最後に一緒の時を過ごしたのは私なのに、お父さんがどんな様子だったか、どんなことを話したのか、知ってるのは私だけなのに‥‥
私は恐怖感と一緒に、その大事な想い出も、忘れてしまって‥‥」
声が震えてきて
両手を強く握り合わせた。
「お母さんとお兄ちゃんに、最後に私といた時のお父さんの様子を伝えられたらいいのにって、思ってる。本当にそう思ってるよ‥‥
でも、思い出すのがすごく怖いの。
どうしても、怖いの‥‥」
───知ることは痛みかも知れない。でもそこには、喜びも確かにある───
お兄ちゃんの言葉
あれから何度も思い出す
お父さんと二人で過ごした最後の時
それを思い出すのは
喜びに違いない
でも
胸の奥の奥に
押し込めて蓋をしてある恐怖感
時折どんどんと蓋を叩いているそれも
全部一緒に溢れだしてしまうのが
どうしても
怖い
「もう少し時間がたてば、きっと全部が自然に受け止められるようになると思うの。
それまで、もう少し時間が欲しいの‥‥」
今の私の
精一杯の正直な気持ち
話し終えて
息があがっていて
深呼吸。
「勿論だよ一ノ瀬。いくらでも、気が済むまで時間をかけていいんだよ」
タカシ先輩
静かだけど
力強い声
「俺思うんだ、時間は命だって。
自分の命をどんな風に使うか、それは自分で決めていいんだよ。時間が欲しい、かけたいって思うなら、かけるべきだ。俺はそう思う」