
禁断兄妹
第72章 君が方舟を降りるなら②
お母さんとお父さんが初めて結ばれた夜
お父さんはずっと泣きながら
亡くなってしまった夏巳さんの名前を
うわごとみたいに繰り返してたって
それを聞きながら
お母さんはお父さんを抱き締めてたって
二人だけの世界
二人にしかわからない世界
でもね
お母さん
大好きなお母さん
私は二人の気持ちがわかるよ
わかる気がする
ううん
わかりたいと思ってる
わかりたいと思ってるよ‥‥
『───巽さんが結婚していた時から、私達は二人だけで会っていたわ。
でも身体の関係はなかった。キスをしたこともなかった。
私からお願いして手を繋いでもらったり、抱き締めてもらうことはあったけれど。
私達は一緒に展覧会や美術館へ行ったり、その後に食事をしたりするだけの仲だった。
私は巽さんが好きだった。大好きだった。
そんな私の気持ちを、巽さんは知っていた。
病気がちな夏巳さんの存在がありながらも、私達は二人だけで会っていたの。
そして夏巳さんの告別式の夜に、私達は初めて身体を重ねた。その一夜で萌を身ごもったの。
この関係を、何て呼ぶのか‥‥
巽さんはね、不倫をしていたと、はっきり萌に伝えたわ。
俺達は不倫関係にあった‥‥そして萌が生まれた‥‥そう言っていた。
ごめんなさい、私はそれを聞いて、嬉しかったの。本当に嬉しかった‥‥
当てはまる言葉のない不確かな関係だったあの頃の私達に、巽さんは形を与えてくれた。
言い訳も言い逃れもなかった。萌の前で、不倫だったとはっきりと認めた‥‥
私には、それがたまらなく、嬉しかったの。
嬉しいだなんて、何を言ってるんだって、思うわよね。
本当にごめんなさい。
柊君は許すと言ってくれたけれど、こんな私の気持ちは非難されても軽蔑されても、当然だと思う。
でも、ごめんなさい、どれほど罪深くても、巽さんがくれた喜びは、手放せないの。
誰にも許されなくてもいい。
誰もわかってくれなくていい。
こんな母親で、ごめんなさい。
でも美弥子という一人の人間として、私は、そう思ってるの‥‥』
