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禁断兄妹

第72章 君が方舟を降りるなら②



「ただいまぁー‥‥」


タカシ先輩に玄関で待っててもらって
私一人で
リビングへつながるドアを開けた。

いきなり一緒に現れたらお兄ちゃんがびっくりするかも知れないし
事情を説明してから招き入れようと思って


「おかえり萌」


お兄ちゃんは
リビングのソファにゆったりと腰掛けていて


「なんだか、おっかなびっくりの『ただいま』だったな」


クスクス笑いながら
広げていた新聞を折りたたむ。


「母さんは買い物に行ってるよ。
 俺が久しぶりに夕飯時にいるから、メニュー変えるとか言って張り切りだして」


新聞をテーブルの上にポンと乗せると
お兄ちゃんは立ち上がった。


「お兄ちゃんがこんな時間にいるの珍しいものね」


ところでね
そう続けようとしたけど


「話したいことがあったから、三人で夕飯でも食いながらと思って」


私の前
二メートル離れたところで
お兄ちゃんが足を止める。

顔を見ることはできない
胸ポケットの辺りに
視線を外す。


「でも‥‥萌だけに、先に話したい気もする」


微笑んでいることがわかる
甘い声

胸が締めつけられて

動けない


「どんな話‥‥?」


勝手に口が動いた。


「そうだな‥‥

 とても誇らしくて、とても寂しい話かな‥‥」


とても誇らしくて
とても寂しい

囁くような声が
ほろ苦くて

身も心も
絡め取られる


「今話しても、いい‥‥?」


聞きたい

怖い

逃げ出したい
近づきたい

駄目

お兄ちゃんを前にすると
やっぱり
混乱する


「あ、あのねっ、今タカシ先輩が来てて、そこに、玄関にいるのっ」


「えっ‥‥?」


ふっと
お兄ちゃんの声が陰った。


「下でお母さんと会ってね、うちに寄って行ったらってことになって、それで今、玄関に」




お兄ちゃん

怒った


「フルートの個人レッスンのことを色々調べてくれて、その話を───」


怒ってる


「そうか‥‥」


胸ポケットを見ていたはずなのに
私は自分の靴下を
見ていた。


「彼と話したいと思っていたし、ちょうど良かったよ。
 玄関なんかに立たせてないで、入ってもらいなさい」


お兄ちゃんの声は
変わらず優しかった。


「‥‥呼んでくるっ」


私だって聞きたかったけど
でも
だって

どうしようも
ないよ

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