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禁断兄妹

第72章 君が方舟を降りるなら②



「一ノ瀬、大丈夫だよ‥‥気を遣ってくれてありがとな」


タカシ先輩は
私に向かってそう小声で言った後


「柊さん。
 萌さんは音大への進学を目指していますよね。その情報交換ができる僕との登下校を、萌さんはとても楽しみにしてくれているんです。本当に熱心です。
 僕は萌さんの夢を応援したいし、力になれる自信もあります。
 だから、週に何度かでもいいので、これからも一緒に登下校をさせてもらえませんか」


お願いします、と
タカシ先輩は頭を下げた。


「さっきも言ったけど、部活で会うんだから、そこで十分なコミュニケーションが取れるんじゃないかな」


力のこもったタカシ先輩の言葉も
あっさりとかわされる。


「部活が始まる前や終わった後では、十分な時間が取れません」


「やってみてから考えないか。やってもみないであれこれ憂いても、仕方ない」


お兄ちゃんはテーブルの上のカップに手を伸ばす。


「萌もね。まずはやってみなさい」


その声は
変わらず穏やかで優しい
でも
譲らない


「柊さん、お話を‥‥どうでしょうか」


「ああ、そうだったね‥‥萌に席を外してもらったほうがいいような話?」


「僕はここで話をしても構いませんが」


カップに口をつけていたお兄ちゃんが
視線だけをタカシ先輩に向けた。


「失礼に聞こえたなら、すみません。
 僕は構いませんが、柊さんは違うかも知れない、と思ったので」


「言うね」


お兄ちゃんは微笑んだ。


「そう言われてから、萌に席を外せとは言えないな」


「萌さんの記憶がない時期のことも含まれるので、萌さんが聞くと気分が悪くなる可能性はあります」


「ふうん‥‥なるほどね。

 萌、聞かないほうがいいと感じたり気分が悪くなってきたら、無理をせずに自分の部屋に下がりなさい。
 自分で判断するんだよ。できるね?」


「‥‥うん」


一人掛けのソファにお兄ちゃん
三人掛けのソファにタカシ先輩

私はもう一つある一人掛けのソファに
浅く腰を下ろした。


「柊さん、僕はずっとお聞きしたかったことがあります。
 マンションの前で初めてお会いした時、『萌に触らないでくれる?』って、仰いましたよね‥‥覚えていらっしゃいますか」


「ああ。覚えてるよ」

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