禁断兄妹
第74章 君が方舟を降りるなら④
「あれ、もういいの?」
車に寄りかかってマンションを見上げていた和虎が
驚いた顔で体を起こした。
「ああ」
「まだ十分も経ってないじゃない」
「いいんだ。行こう」
和虎はじっと俺を見る。
何か言いたそうな顔
だけど
何も言わなかった。
「いい天気ねー。旅立ち日和だ」
和虎は伸びをしながら
さっきと同じようにマンションを見上げる。
「すごく立派なマンションだよね。なんだか豪華客船みたいだなあって、思ってた」
俺も一緒に
マンションを見上げた。
巨大な船
揺らぐことのない
方舟
一人降りた俺を顧みることもなく
方舟は何事もなかったかのように
選ばれた者達を乗せ
遠ざかってゆく───
「‥‥あれ?あれって‥‥」
和虎が声を上げ指を差すよりも早く
俺は
気づいていた。
バルコニーに出てきた萌に
気づいてた。
萌
泣いて
いる
「ねえ、あれ萌でしょ?こっち見てるんじゃない?」
十五階のバルコニー
どんなに離れていても
俺にはわかる
萌が泣いている
口を両手で覆い
肩を大きく上下させ
泣きじゃくっている。
「萌‥‥」
俺は萌に向かって
両手を広げた。
萌が息をのんだように
動きを止め
見開かれる瞳さえ
俺には見えた。
愛してるよ
萌
開いた胸から
強く
想いを放った。
おいで萌
一緒に行こう
その方舟を降りて
俺と一緒に
行こう
想いは光より速く届くのだと
聞いたことがある。
風もいらない
声もいらない
この想いよ
届け