禁断兄妹
第74章 君が方舟を降りるなら④
「俺がみんなに背を向けて行くんじゃなくて、俺が見送るよ。さあ、行った行った」
清々しく
満ち足りた気持ち
笑顔で手を振る。
「まー!柊兄ってホント現金!さっきまで一人でさっさと行こうとしてたのにっ」
「ははは、そう言うな」
いってらっしゃい
いってくるよ
ありがとう
気をつけて
またな
手を振りながら
みんなが少しづつ離れていく。
萌は美弥子にしっかりと寄り添い
さっきまでの笑顔を寂しげな微笑みに変えて
俺に手を振る。
いってくるよ
萌
みんなの姿が見えなくなると
俺は振っていた手を下し
深呼吸
さあ
俺も行こう
足元のボストンバッグを手に取り
顔を上げた。
「‥‥えっ‥‥」
みんなの姿が隠れた壁から
飛び出した人影
萌
俺に向かって
一目散に駆けてくる。
「お兄ちゃん‥‥っ」
茫然と膝をついた俺の前で
足を止めた萌
息を切らし
上気した顔を
くしゃりと泣き顔に歪めて
「ずっと、嫌な態度を取って、ごめんなさい‥‥っ」
叫ぶように言った萌の赤い瞳から
涙が零れた。
「自分でも、すごく嫌な子だったと思う、でも、直せなかった。さっきお母さんから赤ちゃんのことを聞くまで、全然直せなかった、だめだった‥‥っ」
心の叫びそのままのような萌の言葉
俺は息をするのも
忘れて
「私、頭を怪我して記憶がなくなっちゃってから、すごく変で、お兄ちゃんのことが大好きなのに、大人の男の人がすごく怖くて、自分でもどうすればいいかよくわからなくて‥‥っ」
相槌を挟むのももどかしく
俺は夢中で頷く。
「お兄ちゃんは何も変わってなくてずっと優しいのに、全然素直になれなくて、頭と体と心がばらばらで、ぐちゃぐちゃになるから、それがすごく嫌で」
うん
「でも、さっきお母さんから赤ちゃんのことを聞いて、すごくびっくりしてすごく嬉しくて、わあって、世界がひっくり返って」
うん
「あの、何が言いたいのかよくわからなくなっちゃった、ごめんなさい、でも」
萌は肩で息をしながら
下ろしていた長い髪を
耳にかけた。
現れた両耳についていたのは
お祭りの夜店で買った
あのイヤリングだった。