
禁断兄妹
第78章 恐れずに進め
「記憶って、まだ戻ってないんだよな」
「はい」
「七年前柊さんは俺達に、付き合いたくなっても絶対に記憶が戻ってからにしろって、言っただろ。
それもあって、俺は記憶が戻らないままの一ノ瀬から断りの返事を聞いても、諦めきれなくてさ」
一ノ瀬はずっとフリーだしモテるから
諦めがつかないし心配で、と
タカシ先輩は苦笑い。
───君達が夢の実現の為に協力関係を築こうと本気で思っているなら、馴れ合うことなく、お互いに節度をもって接しなさい。もう一度付き合いたくなっても、絶対に萌の記憶が戻ってからにしなさい‥‥いいね?───
七年前のお兄ちゃんの言葉を
タカシ先輩は今も忘れずに守ってくれていて
私はフルート奏者
タカシ先輩は指揮者
励ましあったり刺激しあったりしながら
互いに夢への階段を作り続けている。
「なあ、一ノ瀬。
七年前の一ノ瀬は記憶を取り戻すのがすごく怖いって言ってたよな。どうしても怖いって。全部が自然に受け止められるようになるまで、時間が欲しいって。
それは、今も変わらないのかな‥‥」
タカシ先輩の誠実な瞳が
願いをかけるように
私に問う。
「一ノ瀬には、記憶を取り戻そうっていう気持ちは、もうないのかな」
記憶を取り戻そうっていう
気持ち
「‥‥あります‥‥」
無意識に
唇が動いた。
静かに揺れていた波間から
不意に魚が跳ねたような煌めきが
胸に散った。
「えっ」
タカシ先輩の瞳が
瞬く。
「‥‥ごめん、聞いておいて変だけど、びっくりした‥‥」
「‥‥私も、です‥‥」
私は
さざ波だつ胸を押さえた。
「一ノ瀬にそういう気持ちがあるってわかっただけでも、すごく嬉しいよ。
全部を自然に受け止められるようになってきたってことだろ?傷が癒えてきたってことだろ?良かった‥‥」
温かい
心のこもった声。
「なあ、俺も予約を入れといていいかな。もし記憶が戻ったら、俺への返事を考えてくれないか」
「は、はい‥‥」
一番に考えて欲しいな、と
タカシ先輩は優しく笑った。
