禁断兄妹
第86章 時を越え運ばれし手紙、それは運命の書
夏巳の妊娠、出産、という嵐のような日々の中にいた俺は、君の存在を忘れていたと言って良かった。
俺はすぐに夏巳に君のことを聞いたよ。しかし夏巳は、兄は家を出たようだ、よく知らない、と無表情に言うだけだった。君が家を出ていたことに驚きながらも、口数の少ない夏巳からあまりしつこく聞いて、また精神を不安定にさせてはいけないと思い、夏巳の母親に君のことを聞いた。
そうしたら驚いたことに、君は一年以上も前に家を出て行ったきり戻ってこない、知らぬ間にモデルになってKENTAROと名乗り、日崎から籍も分けられたと言うじゃないか。俺はあ然としたよ。
君が家を出て行ったのは、俺と夏巳が結婚してまもなくの頃だと言う。大事な妹の結婚式にも出席せず、家を出、以来音信不通だったかと思えば、籍も分けたし今までもこれからも日崎の人間だとは思わないでくれと、一方的な連絡があったという。
この事に夏巳が強いショックを受けたこともあり、以来日崎家では謙太郎の話はタブーになっていると言う。夏巳から何も聞いてなかったのかと逆に驚かれたが、全く聞いてない。この時俺の胸に、一つの疑念が湧いた。
母親に、君が出て行った日を正確に思い出してもらった。するとそれは、『あの日』の直後だった。
謙。こうして俺が君達兄妹との出会いのことから話してきたのは、俺の胸に湧いたその疑念が、奇想天外な妄想なんかじゃないと言いたいからだ。わかるだろう。ずっと種火はあったんだ。昔からずっと。
謙。君こそが、あの日夏巳と関係を持った男だったんじゃないのか?
夏巳の異常なまでの心神喪失や衰弱ぶりは、禁忌の関係を結んでしまったショックと罪の意識からではないか。
相手の男について何一つ口にしなかったのは、まさか兄だと言える訳がなかったからではないか。
堕胎すべきだという異常なまでの強迫観念にとらわれたのも、定期健診の度に極度の不安に苛まれ、健康であることに涙を流すほど喜んでいたのも、禁忌の子供ゆえに無事に生まれないかも知れないという恐怖があったからではないか。
全てが腑に落ち、頭を殴られるような衝撃を俺が受けたことは、君も想像がつくだろう。
しばらくは俺も茫然自失で、夢と現をさまようような気持だった。
まさかと、そうとしか考えられないと、二つの思いの中で、俺は果てしなく揺れ続けた。