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禁断兄妹

第86章 時を越え運ばれし手紙、それは運命の書



 しかし夏巳に真実を問いただすことはできなかった。
 あの半狂乱の日々を知っている俺には、そんなことをしても夏巳を苦しめるだけで、答えてくれるとは思えなかった。そして何より俺自身、聞くことが怖かった。

 合意の上だったのか、無理やりだったのか、俺が聞いた時に夏巳は何も答えなかった。相手が君だったとして、無理やりの暴挙に及んだ君をかばったのだと思いたい。君が一方的に夏巳を狂愛し、俺と結婚した夏巳を許せず、暴挙に及んだのだと。夏巳は君との子供など欲しかった訳がない、俺との子供である可能性があるから、堕胎するか否かで苦しんだのだと。俺はそう思い込もうとした。
 しかし禁忌を越えた愛が存在していた可能性も、ゼロではないのだ。寄り添う二人が見せていた美しく甘美な世界が思いだされ、俺を苦しめた。自分の存在価値が足元から揺らぐ気がした。俺にはどうしても聞けなかった。

 病弱になった夏巳は体調を崩しやすく、入退院を繰り返した。病院のベッドに腰かけ、よく窓の外を眺めていた。その儚げな姿は、日の光にも月の光にも透けるようだった。その瞳はここではないどこかや俺ではない誰かを映しているように思えて、どんなに抱き締めても、夏巳は遠く感じた。誰より近くにいても、俺は孤独だった。

 そして夏巳は、二十六歳という若さで夭折してしまった。
 俺にとって遠い存在のまま、本当に遠くへ行ってしまった。

 夏巳は幸せだったんだろうか。俺と結婚して本当に幸せだったんだろうか。
 夏巳は、幸せだ、愛している、といつも言ってくれたが、俺はその言葉を信じきれぬまま、夏巳を永遠に失ってしまった。

 

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