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禁断兄妹

第49章 美弥子


「今日‥‥萌が柊を追いかけて慌てて帰っただろう?」


不意に巽さんが口を開いた。

見上げた瞳が
遠くを見つめたまま僅かに細くなる。


「萌に、夏巳が亡くなった時のことを少し話したから、あいつのことが心配で、いてもたってもいられなくなったんだと思う‥‥」


巽さんは言葉を切ると
ゆっくりと首を傾けて私を見た。

夏巳

巽さんがあの告別式の夜以来
夏巳さんの名前を初めて口にした。

巽さんは私を黙って見つめている。

話を続けてもいいか、と瞳で問い掛けられていることに気づいて
夢中で頷く。


「危篤の連絡を受けた時、俺は出張で札幌にいなくて‥‥病院に向かうタクシーの中で夏巳の死を知った。俺は夏巳の死にぎわに間に合わなかったんだ。でも柊はその場にいて‥‥夏巳は柊の目の前で息を引き取ってしまった。苦しみながら亡くなったと、後から聞いた‥‥」


淡々とした声
再び窓の外へと流れた視線は
ぼんやりと夜間飛行の灯りを追う。


「まだ小学一年だったあいつが、どれほどショックを受けたか、想像に難くない‥‥柊が病院を嫌うようになったのはそれからだ。だからあんまり無理して連れてくることはするなって、萌に話したんだよ」


「‥‥」


「お前に話したこと、なかったな‥‥」


夏巳さんの最期の時

それはきっと柊君だけじゃなく
巽さんのトラウマそのもの。

巽さんが夢にうなされた時に必ず口走る

今行くから
待っててくれ
すぐ行くから‥‥っ

胸をかきむしられるような焦りの言葉
その言葉の意味が
今やっとわかった。

巽さんは今も
夏巳さんの最期の時に駆けつけたくて
小さなタクシーの中で苦しんでいた。

たった一人で


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