溺れる愛
第13章 疑惑
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月日は流れ、新学期を迎えた朝。
バタバタと階段を駆け下りながら母に悪態をつく少女が
乱雑に食卓に置かれたロールパンを手に取り
『もぉー!遅刻だよーっ』
と、焦ってローファーを履き、玄関先に備え付けられた全身鏡でしっかり身なりをチェックして
慌ただしくドアを開けて外へ飛び出した。
『行ってきまーす!』
「行ってらっしゃい!気をつけてね!」
外まで見送りに出てくれていた母の声を背に
芽依は本来なら全く遅刻ではないのだが
ある約束の為に必死に走っていた。
(もぉー!寝坊するなんて私ほんとに有り得ないから!)
まだまだ残暑の9月は蒸し暑く、流れる汗をこめかみに感じながら
待ち合わせ場所の、通学路の途中にある自動販売機を目指した。
自動販売機の横に設置されたベンチに腰掛ける
一人の男性を見つけて、心が躍るも、今はただただ急いでそこに向かう。
『せんぱいっ!ごめんなさいっ…』
芽依の声に、朝日を背に長身の身体を立たせて
穏やかな笑顔をこちらへ向けてくれた俊哉。
「芽依!」
はにかむように呼ばれる自分の名前に
じわりと心が和んでいく。
やっと俊哉の前に辿り着いた芽依は
肩で息をしながら謝った。
『はぁ…はぁ…ごめん、なさ…遅れて…』
「ははっ。そんなに息がきれるほど全力疾走してくれたの?」
『はい…待たせちゃ、いけない…思って』
息も絶え絶えに話す芽依を優しく見つめながら
俊哉は堪えきれずに笑みをこぼす。