溺れる愛
第13章 疑惑
「大丈夫だよ。時間ぴったりだから。
俺が早く来ただけだよ」
『えっ…?』
「もしかして、寝坊した?」
『は、はい…ごめんなさい…』
俊哉は意地悪な笑みを浮かべて
「謝らなくていいよ。でも、ここが可愛い事になってる」
『…?』
前髪を長い指先で絡め取りながら、至近距離で微笑まれ
思わず心臓が飛び出そうな程に鼓動を───
と言いたいところだが、その行動の真意にすぐに気付いた芽依は
一気に顔を真っ赤に染めた。
(ね、寝癖だ!!!)
「はははっ、ほんと、芽依は見ていて飽きないなー」
『うっ…恥ずかしいです…』
穴があったら入りたいと本気で初めて思った芽依は
携帯のカメラ機能を器用に駆使し、ヘアピンで前髪の跳ねを押さえた。
『よし…これでいいかな…』
「…どれ?」
必死に携帯を覗き込んでいた芽依のすぐ横で声がして
『あ、変じゃな───っ』
具合を訊こうと振り向いた瞬間
チュッと可愛らしいキスをされる。
そして俊哉はまたイタズラっ子の様な笑顔で
「可愛いよ」
と芽依のヘアピンにそっと触れた。
(─────っ!今のは…反則…!!)
もう既に茹で蛸の様に顔を赤らめていた芽依は
学校に着くまでの間、終始俊哉に優しくからかわれたのだった。
今も、俊哉とは恋人同士。
結局狡い芽依は、那津との事を俊哉の前では
無かったことにしていたのだった。
心が苦しくないと言ったら嘘になる。
だけど、俊哉と離れる強さも
那津を突き放す強さも、今は持てなかった。