溺れる愛
第3章 喪失
──────…
先ほどの件から、2人の間には会話もなく、
那津がノートパソコンのキーを叩く音のみが
広いリビングを埋め尽くしていた。
(…気まずい…。)
手持ち無沙汰な芽依は、部屋の中を目線だけで物色しながら、横目で那津をちらりと伺う。
これを何度も繰り返していた。
(何か喋らないと…)
『あの…、それさっきから何してるの?』
那津は軽快にキーを弾きながら
「仕事」
と一言だけ呟いた。
(なんか…官能小説…とか言ってたっけ。
隣でそんなの書かれてるって思うと、なんだかなぁ…)
またしても沈黙が辺りを包む。
芽依は必死に話題を考えながら、邪魔にならない程度に話しかけ続けた。
その都度那津は、一言だけで返事をし、相変わらず会話は続かない。
(一応返事はしてくれるんだけど…もう話すこと思い浮かばない…!)
そこに、先ほど那津が言っていた“一人暮らし”という単語が頭に降りてきた。
(あ、これも訊いてみようかな)
『あの…さっき一人暮らしだって言ってたけど、
ご両親は離れて暮らしているの?』
すると、軽快にキーを弾いていた那津の手が
ピタッと止まり、こちらをじろりと睨むように視線を向けてきた。
(え……)
那津は短く溜め息をついてから、かけていた眼鏡を外して、低い声で続けた。
「お前、自分の立場わかってる?」