溺れる愛
第3章 喪失
(やだ…何これ、気持ち悪い…っ)
初めて自分の口内を異物が蠢く感覚に、思わず全身に鳥肌が立つ。
那津の舌は、器用に芽依の舌をすくい上げ、時折吸い付いたり、歯茎をなぞってみたり
芽依の反応を見ながら楽しんでいる様だった。
『ぅ…ん…っ!』
静かなリビングには、2人の合わせた唇から微かに漏れる息、舌と舌が擦れる音と
芽依の苦しげな呻き声が響いていた。
(お母さん…っ助けて…)
瞼の裏に、にこやかに笑う母の姿が浮かぶ。
(ちゃんといい子にするから…
我が儘言わないから…お願い、助けて…っ)
もはや到底叶わない願いを、心の中で何度も祈った。
『……っぁ…』
すると、那津はゆっくりと唇を離した。
実際にはたった数分の出来事だが、芽依には何時間とそうされていた気分だった。
『はっ…っ…』
上手く声が出せなくて、ただただ睨むだけでしか抵抗出来ない自分が歯がゆくて
それを楽しんでいる那津に芽依の心の中を憎悪の念が渦巻く。
まだ両手首は掴まれていて、馬乗りにされたままの体勢で
那津はこちらを見下ろしながら静かに笑っていた。
「ははっ。青ざめちゃって…いい顔してる。それ、その顔。」
その笑顔には優しさなんてまるでなくて
本当に芽依の怯える姿を嘲笑っているようで、
計り知れない闇を携えた微笑だった。