溺れる愛
第4章 混沌
驚いて、バッと顔を上げて入り口の方を見ると
今一番会いたくない人物が
いつもの無表情を携えて立っていた。
(…那津…くん…)
一緒の空間に2人きりという状況が耐え難くて、
鞄をひったくるように持ち上げると
そのまま急いで教室を出て行こうとする。
(…顔も見たくない…!)
そんな芽依の行動に、先回りするかの様に
那津は目の前に立ちはだかった。
『…っ、どいてよ…。』
今自分に出来る精一杯の憎しみを浮かべた顔で那津を睨む。
那津はそんな芽依には目もくれないで
そっと人差し指の甲で芽依の頬に触れた。
条件反射で震える身体。
思わず動けなくなる。
(な…に……)
固まる芽依と、何も言わずに頬に触れる那津。
たった数秒の出来事だけど、一瞬時が止まった様な感覚に襲われた。
(…目が離せない……。)
じっとお互い見つめ合ってから
那津が静かに口を開く。
「…お前、泣きすぎ」
『え…?』
その言葉で那津の行動の意味をようやく理解した。
自分が泣いていた事も忘れて
ただ那津から逃げたい一心だったため
涙を拭うことも忘れていた。
那津はまるで、壊れ物を扱うような、繊細な手つきで芽依の涙をそっと拭き取ると
そのままギュッと芽依の肩を引き寄せて優しく抱きしめた。
『ちょっ…なに…!』
(また何かされる…!)
自然に強ばる身体。
全身が那津を警戒する。
だけど、那津はただ芽依を抱きしめたまま
「黙って」
と一言だけ呟いた。