テキストサイズ

一度だけ抱いて~花は蝶に誘われてひらく~

第12章 第一部第三話【月戀桜~つきこいざくら~】 十六夜の月

 むろん木戸口には木戸番がいて、定時には閉まることになっているが、そこは手慣れたものというべきか、鍵をかけるのは見せかけだけのもので、長屋の住人なら、軽く押せば自由に出入るできることは皆、知っている。大体、木戸番の老人はもう寄る年波で、耳も遠くなっている。足音を潜めて出入りすれば、白河夜船の老人が眼を覚ますことはない。
 この時間、江戸の町は深い眠りの底にたゆたっている。またしても深い闇に吸い込まれるように消えてゆく栄佐を見つめながら、小紅は唇を噛んだ。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ