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一度だけ抱いて~花は蝶に誘われてひらく~

第22章 第二部・第五話 【冬柿】 予兆

 思わず抵抗しようとして、小紅は意思とは裏腹に身体の力を抜いた。
―私、嫌じゃない。
 栄佐に口づけられても、これまでのように恐怖を感じたりはしていないのだ。いつからなのだろうか。
 ついひと月ほど前、江戸中に疫痢が流行った。大勢の罪なき人が亡くなるという大惨事になったが、その少し前、この長屋では疫痢ならぬ痲疹(はしか)が流行った。長屋のおきみという年配の女や大工の錠吉・おしか夫婦の末の赤ン坊初め何人かの死者も出た。

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