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一度だけ抱いて~花は蝶に誘われてひらく~

第3章 【残り菊~小紅と碧天~】 旅立ち

 しわぶき一つない厳粛でしめやかな空間の中、その光景はどこか異様に映った。誰もが哀しみに暮れ、うつむいて神妙に読経に耳を傾けている。だが、あろうことか、その若い男は僧侶の真後ろに突っ立ったまま、焼香の香をまだ真新しい白木の位牌にぶつけたのである。
 しかも、その男は粋な縞柄の着物を着流して、到底、葬儀に参列するようななりではない。
 一瞬、その場がどよめいた。

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