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一度だけ抱いて~花は蝶に誘われてひらく~

第8章 第一部・第二話【赤とんぼ~小紅と碧天~】 すれ違い

 懐から財布を出し、椅子の上に置く。気軽に奥にいるはずの老婆に声をかけて、小紅にもう一度気安い笑みを向けてから逆方向に向けて去っていった。
 市兵衛からの求婚に動揺するあまり、自分のお茶代を払うのさえ失念していた。
 遠ざかる市兵衛を惚けたように眺めながら、小紅は彼から持たされた桜団子の小さな包みが急にどっしりと重さを増したように思った。できれば棄ててしまいたいとさえ思ったけれど、勿体なくてできるはずもなかった。

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