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　市兵衛の求婚を受ける気は毛頭なかったけれど、もし断ったりすれば金輪際、仕事を回して貰えなくなるのではという危惧もある。それを考えれば、おいそれと断れるものでもなく、小紅の心は沈んでゆくばかりだった。
　江戸でも指折りの大店の主人からの熱烈な求婚、若い娘ならば誰もが一も二もなく飛びつくに違いない。どこの誰とも知れず、しかも万年大部屋役者でしかない栄佐と比べれば、どちらがより望ましい結婚相手かは明白だ。