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一度だけ抱いて~花は蝶に誘われてひらく~

第8章 第一部・第二話【赤とんぼ~小紅と碧天~】 すれ違い

 栄佐が人の死に際して涙を流したのはこれが最初で最後だった。この翌年、実の父親が急死したときでさえ、彼は涙ひと粒流さなかった。元々、家庭を顧みることのない父、父にとってはお役目が最優先事項だった。お城と妾宅を行き来する父が本邸に帰ることは稀で、江戸市中に幾つもある別邸には栄佐が逢ったこともない異腹の弟妹がごまんといることは知っていた。

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