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G線上のアリア

第8章 ひとりじゃない

寝顔を見ているだけで満たされる気持ちは、どう言葉で表現すればいいだろうか。朔夜は軽く開いた唇に無意識に瞳を吸い込まれ、気がつく間もなく重ね合わせていた。
はじめは唇の先で、唇を確認するだけだった接吻は―――夢叶の吐息に触れて、過剰な熱を胸に寄せる。そのまま押し付けてみると、夢叶は嫌がることもなく少し息苦しそうに眉間をしかめた。
少女のような顔立ちがかすかに苦悶する姿は、思いかけず朔夜の劣情を誘った。

「………無防備なんだ…」

吐息を絡めた接吻をしたあとも、夢叶は変わらず柔らかい寝息を立てている。頬に長い指を滑らせると、身じろぎする彼が愛しかった。
誰よりも、何よりも愛しく―――切なくなってくる。先ほど重ねた熱は、静まっている筈であるのに新たな波を寄越す漣のようで、朔夜は思わず苦笑してしまった。
「夢叶………」
耳朶に愛撫の息を吹きかけると、眉間が寄るのが見れる。自分の手のひらに重ねた手を片方取り上げて唇を寄せて微笑んだ。

《まだ俺は笑えるんだ………》

二度と笑えることはないんじゃないかと、朔夜は暗く淀んだ日々の中で思っていたのに―――積み重ねた喪失感を、夢叶は一瞬で瓦解しれくれた。
肌を通して感じた温もりは、心で感じるぬくもりを確かなものに変えてくれる。それを先ほどの情事で朔夜は知った。
好きな相手との気持ちが伴った体の繋がりは、これほど強く深く満たされるのだと知り、朔夜は眠る夢叶のほんのりとした熱を持つ指先に唇を押し付けた。



「俺は………独りじゃないんだ…」



孤独を長く感じていた。
孤独でしかないのなら、生涯その孤独を糧にどれほどのことをしても生き残る術を持ち、生き残り続けようと思っていた。
犯罪ですらおそらく、この心は感じないだろう。
夢叶の存在を知らなければ―――。
「君の好きな曲を今度プレゼントするからね」
眠っている夢叶の柔らかい髪を一部すくい、そっと唇を押し当てると、煌々と明るい照明をそっと消して扉の外へと出て行った。



終わり
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