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G線上のアリア

第1章 雪の日

動揺に頭を真っ白にした夢叶の前に、ちょんと置かれたのは暖かいホットミルク。
「さっきはごめん……」
目元にあった涙を洗い流したのか、前髪が幾分濡れていた朔夜の雫が、暖かい色をした絨毯に透明な染みを広げた。
「ううん…気にしないで。ちょっとびっくりしたけど、嬉しかったから―――」
正直に呟かれた夢叶の言葉に、驚いた瞳を朔夜が向けた。それを理解して夢叶は笑みを小さく浮かべる。
「本当に嬉しかったんだ…」
家族としてでも向いてもらったような―――錯覚だとしても感じることが出来た。本当の理由は決して朔夜に語ることがないだろうが。それでも事実あったのは戸惑いではなく、喜びだったという事実。
「そう…かな…」
両手で器を取る夢叶は、ありがとうと言って若干興奮しているだろう胸に暖かい牛乳を流し込む。ちゃんと夢叶の好みを把握した甘さが響き、自然と夢叶の表情は優しい笑みを刻んだ。
「?何を笑ってるんだ??」
思わず聞いてしまう朔夜に、少し焦らす夢叶がマグカップから唇を離すまで待つ。

「美味しいから…」

豆電球の明るさと、外から差し込んでくる月の灯かり。二つに照らされた夢叶を、朔夜の瞳はしっかりと見ていた。


同じかも―――知れない、と。


「俺さ…女、駄目なんだよな」
軽く囁かれた言葉に、夢叶の瞳は驚きと戸惑い、それから確かに歓喜の色が滲む。
「俺は女には嫌悪しか浮かばない…触れられて吐かなかったのって、静香さんが初めてだった…」
窓の外から見える月を瞳で追いかけて、初めて告白する言葉の羅列を、夢叶は聞かされた。
それはトラウマという種類。
嫌悪ではなく、身体の奥底からの拒絶の理由。

「俺は義理とは言え、母親に性的虐待を受けていたんだ。…」

本当に波紋を広げる意思に、夢叶の表情は完全に固まった。言葉どころか、呼吸さえもままならずに乾いた唇を舐める真似も出来ずに。
「汚い話だったな…ごめん」
決してこちらを見ることもなく、曖昧に呟かれた言葉に夢叶は固まって冷たくなった手を、朔夜の手に添えた。
「ごめん…何、言っていいか―――分からない…けど、俺の家族は………朔夜を守るよっ!」
何を言っているのだと、自分でも思ったけれど朔夜には味方だと知って欲しい。ただそんな願いで吐き出された言葉に、朔夜は一瞬だけ驚きを示し………そして破顔した。

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