G線上のアリア
第1章 雪の日
母親の面影をどこか残した静香に抱きしめられた時、朔夜は母親が死んで初めて、初めて涙を流したのだ。
「大丈夫だよ…」
幼い頃、夢に魘されて目が覚めた夢叶を静香がこうして抱きしめてくれた。それを辿り抱きしめる夢叶に、頑なだった朔夜の壁はゆっくりと崩壊しだしたのだ。
「夢叶…」
呟くように繰り返し、存在を確かめる朔夜に何度も頷き、夢叶は虚脱して涙を零す朔夜を抱きしめた。
理由は聞かなかった。
理由は意味がないから。
ただ傷みを吐き出そうと泣いた朔夜の肩に、頬を寄せて夢叶は泣き場所を与えた。あの雪が降る日に静香がしたように背中をさすりながら。………
「………」
どれだけの時間をそうしていただろう。朔夜は顔を上げずに扉へ向かい、夢叶は視線で彼を追いかけた。一人にして大丈夫かと不安な瞳は言っていたが、泣き顔を見てしまった罪悪感と、僅かに縮んだ気がした距離を眺め視線を掌に移した。
《こんな僕でいいなら、傍にいるよ……》
夢叶は言えない言葉を飲み込んで苦笑した。初めて見つけた瞬間に、惹き込まれた色彩―――鮮やかな青褐(あおかち)が瞳を射った。深い色合いが、彼の今までの短いなりの色だったのだろうかと、夢叶は思うほど。
「喉、…そういえば乾いてたんだよね」
戻らなきゃと思考では思うのに、身体は自由に動けずにいた。唇を僅かに噛んで、今更ながら緊張していた体の力が抜けたことを知る。
「………僕の馬鹿…」
叶うわけないのに、これで彼の心に入り込めたのではないかと思う自らの思考を叱咤した。両親には未だ言えない事実に胸を抑える。
掌は先ほどまで大切だと、恋―――慕う相手の髪を撫でていた。手を見つめて、また溜息がひとつ零れた。
しかし言葉で自分を叱咤したとて、心にはあるのは確かな喜びである。
「情けないな…」
「何が?」
突然扉が開き、薄暗かった室内に光が差し込む。驚いて振り返る引き攣った表情を浮かべた夢叶と、手には飲み物を二つ持った朔夜が、不思議そうに小首を傾げて入ってきた。
「大丈夫だよ…」
幼い頃、夢に魘されて目が覚めた夢叶を静香がこうして抱きしめてくれた。それを辿り抱きしめる夢叶に、頑なだった朔夜の壁はゆっくりと崩壊しだしたのだ。
「夢叶…」
呟くように繰り返し、存在を確かめる朔夜に何度も頷き、夢叶は虚脱して涙を零す朔夜を抱きしめた。
理由は聞かなかった。
理由は意味がないから。
ただ傷みを吐き出そうと泣いた朔夜の肩に、頬を寄せて夢叶は泣き場所を与えた。あの雪が降る日に静香がしたように背中をさすりながら。………
「………」
どれだけの時間をそうしていただろう。朔夜は顔を上げずに扉へ向かい、夢叶は視線で彼を追いかけた。一人にして大丈夫かと不安な瞳は言っていたが、泣き顔を見てしまった罪悪感と、僅かに縮んだ気がした距離を眺め視線を掌に移した。
《こんな僕でいいなら、傍にいるよ……》
夢叶は言えない言葉を飲み込んで苦笑した。初めて見つけた瞬間に、惹き込まれた色彩―――鮮やかな青褐(あおかち)が瞳を射った。深い色合いが、彼の今までの短いなりの色だったのだろうかと、夢叶は思うほど。
「喉、…そういえば乾いてたんだよね」
戻らなきゃと思考では思うのに、身体は自由に動けずにいた。唇を僅かに噛んで、今更ながら緊張していた体の力が抜けたことを知る。
「………僕の馬鹿…」
叶うわけないのに、これで彼の心に入り込めたのではないかと思う自らの思考を叱咤した。両親には未だ言えない事実に胸を抑える。
掌は先ほどまで大切だと、恋―――慕う相手の髪を撫でていた。手を見つめて、また溜息がひとつ零れた。
しかし言葉で自分を叱咤したとて、心にはあるのは確かな喜びである。
「情けないな…」
「何が?」
突然扉が開き、薄暗かった室内に光が差し込む。驚いて振り返る引き攣った表情を浮かべた夢叶と、手には飲み物を二つ持った朔夜が、不思議そうに小首を傾げて入ってきた。